tontonの終わりなき旅

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『ホテルローヤル』桜木紫乃

ホテルローヤル (集英社文庫)

ホテルローヤル (集英社文庫)


北国の湿原を背にするラブホテル。生活に諦念や倦怠を感じる男と女は“非日常”を求めてその扉を開く―。恋人から投稿ヌード写真の撮影に誘われた女性事務員。貧乏寺の維持のために檀家たちと肌を重ねる住職の妻。アダルト玩具会社の社員とホテル経営者の娘。ささやかな昴揚の後、彼らは安らぎと寂しさを手に、部屋を出て行く。人生の一瞬の煌めきを鮮やかに描く全7編。第149回直木賞受賞作。

釧路の湿原を見下ろすラブホテル「ホテルローヤル」を舞台にした連作短編集です。
ラブホテルが舞台というとそういう描写が満載なのかな、と思ってしまいますが、そんなことはありません。
全くないとは言いませんが、あまり生々しい描写はなく、女性でもとても読みやすい作品です。
むしろラブホテルが舞台でありながら、色事が主題ではなく、もっと深いもの――具体的に言うと「人生」を描いた作品だと思いました。


短編が7編収録されていますが、収録順が時系列とは逆になっているところがミソでしょうか。
最初の話「シャッターチャンス」は、すでに廃業し人もいなくなって廃墟然としたホテルローヤルが舞台。
ホテルローヤルが舞台の短編集のはずが、いきなり廃業してるってどういうこと?何があったの?と思いながら読み進めると、次の話「本日開店」では経営者の末路について触れられ、さらにその次の「えっち屋」で廃業に至った理由が明らかになる――というふうに、徐々にホテルローヤルのたどった道筋が分かるような構成になっています。
それがなんとなく、人ひとりの人生をさかのぼってみるかのように感じられました。
中には他の話とのつながりが分かりにくい話もありましたが、最終的にはちゃんとホテルローヤルの誕生から廃墟化までの道が一本につながるようになっています。


同じ場所を舞台にしながら、各短編の主人公はそれぞれ異なるので、いろんな視点からの物語を楽しむことができます。
でも、そのすべてに共通するのは、日常と非日常の対比でしょうか。
どの主人公も、思い通りにならず、理不尽なこともある日常に倦み疲れ、絶望のぎりぎり一歩手前の閉塞感の中で生きています。
それに対し、ホテルローヤルはいわば非日常を象徴する場所。
男女が夜を求めてやってきて、いっとき孤独感やさみしさを紛らわせるところ。
その非日常があるからこそ、やるせないような、息詰まるような日常が際立ち、なんとも切ない気持ちになりました。


また、桜木さんの他の作品を読んだときにも思ったことですが、この作者は貧しい中でも実直に生きる働き者の女性を描くのがとてもうまいですね。
特に「星を見ていた」の主人公で、ホテルローヤルで清掃員として働く女性が一番強く印象に残りました。
コツコツ真面目に働いても、必ずしも報われないこともある。
けれども桜木さんのそうした人々に対するまなざしは非常に優しく、あたたかみを感じました。
決して救いのある物語というわけでもありませんが、基本的にはこの作品は、日々を懸命に生きる庶民への応援歌なのだと思います。


なんとも言えない切なさ、やるせなさが私好みの作品ではありましたが、インパクトには欠ける印象でした。
個人的には『ラブレス』の方が圧倒されましたし、心に響くものがありました。
☆4つ。
ところで、作中に映画「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の話が出てきたのは少しうれしかったです。
この映画わりと好きだったんですよね……もう一度観たくなりました。


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