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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ラブレス』桜木紫乃

ラブレス (新潮文庫)

ラブレス (新潮文庫)


謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は道東に残り、理容師の道を歩み始めた……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして、姉妹の母や娘たちを含む女三世代の凄絶な人生を描いた圧倒的長編小説。

今年『ホテルローヤル』で直木賞を受賞され、大きな話題になった桜木紫乃さん。
初めてその著作を読んでみたのですが…、圧倒されました。
物語の世界に強い力で引きずり込まれる感覚を久々に味わいました。


北海道の貧しい開拓小屋で育った百合江。
バスガイドに憧れ高校進学を希望していたもののその夢は叶わず、中学を卒業すると薬屋に奉公に出されます。
厳しい奉公生活のさなかに出会った旅芸人一座の歌手の歌に心を奪われ、自分も歌いたいと奉公先を飛び出し一座に加わった百合江ですが、やがて一座は解散の時を迎え、百合江の身にも大きな変化が訪れます――。


「波乱の人生」などという言葉で括ることがためらわれるほどに、波風の多い人生を送る百合江。
あまりにも自分の生き方とは違いすぎて、でもだからこそ引き込まれました。
百合江だけではなく、この作品に出てくる女性たちはみな厳しく険しい道を歩いています。
百合江の母・ハギ、妹の里実、娘の綾子と理恵、里実の娘・小夜子。
母娘3代にわたって、そういう人生しか生きられなかった女性たちです。
もちろん今ほど女性にとって多くの選択肢が許されるような時代ではなかったということもありますが、それでも彼女たちはみな驚くほどにたくましく、強いのです。
その一方で百合江の父・卯一や弟たち、百合江が関わった男性たちはみな不甲斐ないというかどうしようもない男たちばかりで、余計に女性たちのどんな苦難にも屈しないしなやかなたくましさが際立ちますが、結局女性の強さは「産む性」だからこそなのかなと思いました。

子供は産みたいときに産んだらいいのよ。女は選べるんだもの。産んでやり直す人生と、産まずにやり直す人生と。どっちも自分で選べば、誰を恨むこともないじゃないの


263ページ16行目~264ページ1行目より

そう、女は「選べる」のです。
そこが男性とは違う。
それこそが女という性の、根源的な強さなのだろうと思います。


もう一つ、この作品を読んで痛感したことは、一つの価値観で誰かの幸・不幸を測ることなどできないということでした。

「女ワラシふたり産んだって、男ワラシなんぼ産んだって、いいことなんかなんもなかった。いてぇ思いしただけだ。ばかばかしい」


136ページ9~10行目より

これはハギのセリフですが、「子どもを持つことこそ女の幸せ」という考え方を完全否定する言葉に、痛快ささえ感じました。
百合江にしろハギにしろ、その人生で出遭った出来事は、現代のフェミニストたちが見たら眉を吊り上げそうなことばかりです。
満足に教育も受けられない極貧の環境、レイプ、夫や息子からの暴力、夫の浮気に借金、姑からの嫌がらせを超える冷酷な仕打ち…。
それでも百合江もハギも、他人の目から見れば不幸な人生に見えても、本人にとってはそう不幸ばかりでもなかったのではないかと思えます。
その証拠は、胸を打つラストシーンに描かれているのではないかと思います。
この作品のタイトルは「ラブレス」ですが、描こうとしているものはまぎれもなく「愛」です。
何度裏切られ痛めつけられ、どん底に落ちたって、その一方で確かな愛も得た百合江やハギの人生は、赤の他人が不幸な人生だと決めつけることのできるような単純なものではないと思いました。


私自身は彼女たちの生き方を真似することはできないけれど、「生きる」ということの意味を教えてもらったように感じました。
世間や周囲の人々の価値観や意見に反しようとも、自分で選んだ道を自分の足で歩いていければそれでいい。
今年最後の読書がこの本でよかったです。
☆5つ。