tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『名探偵の掟』東野圭吾

名探偵の掟 (講談社文庫)

名探偵の掟 (講談社文庫)


完全密室、時刻表トリック、バラバラ死体に童謡殺人。フーダニットからハウダニットまで、12の難事件に挑む名探偵・天下一大五郎。すべてのトリックを鮮やかに解き明かした名探偵が辿り着いた、恐るべき「ミステリ界の謎」とは?本格推理の様々な“お約束”を破った、業界騒然・話題満載の痛快傑作ミステリ。

最近わりと重ための作品を読むことが多かったので、コメディー作品は久しぶり。
いい息抜きになりました。


密室、吹雪の山荘、孤島の館、アリバイ工作、ダイイングメッセージ、時刻表トリック、バラバラ死体、さらにはテレビの2時間サスペンス…などなど、本格ミステリが好きな人ならおなじみの「お約束」をとことん皮肉り、批判し、笑い飛ばす連作短編集。
「名探偵」天下一大五郎と、捜査一課の警部・大河原番三のコンビが作品中を通して登場します。
この2人が普通のミステリの登場人物と違っているところは、2人とも自分が探偵シリーズ小説の登場人物であるということを自覚していて、物語の途中で時折小説世界から離れて、自分たちが登場している物語の作者に対して批判的な言動を取るところ。
例えばこんな感じ(語り手は大河原警部)。

私が天下一シリーズの脇役を務めて、もう何年にもなる。
辛いことはいくつもあるが、最近頭の痛いことの一つに密室トリックがある。これが出てくると、正直いって気が重くなる。ああ、またかという気持ちになる。
もういいじゃないか今日び誰もこんなもの喜んだりせんぞと思うのだが、何作かに一度はこのトリックが出てくるのだ。


24ページ 2〜6行目

事件捜査と解決の合間に始終こんなふうにミステリのお約束ネタについてぼやきまくっている、そんな感じです。


無理のある設定、ご都合主義的な展開、あくまでも事件を進行させるためだけに作られた登場人物、お定まりのせりふやパターン…確かにミステリって真面目に読むと突っ込みどころ満載なんですよね。
天下一探偵と大河原警部はそんな数々の突っ込みどころに容赦なくズバズバと切り込みます。
東野さんだってミステリ作家なのに、よくこんなある意味自虐的な小説が書けるなぁ〜と思いますが、よくよく考えてみれば東野さんの本格ミステリは「お約束」をなぞらえているように見えて、どこかにひとひねりがあるんですよね。
たぶん、人とは違ったミステリを書きたいとか、いつまでも同じようなネタで喜んでいる本格ミステリ界への反発心とか、そんなものがあるのかなと思います。
そういうところがミステリファンにとどまらない広い層から人気を獲得している理由なのかもしれません。


ミステリ好きの私にはとても面白かったけど…あまりミステリに親しみのない人にはさっぱり面白みのない作品…どころか、馬鹿にしているのかと腹が立つ作品かもしれません。
やはりある程度ミステリの「お約束」が分からなければ楽しめないでしょう。
個人的には2時間ドラマネタの「『花のOL湯けむり温泉殺人事件』論―二時間ドラマ」が、「そうそう!」と思えるところがたくさんあって一番面白かったです。
☆4つ。