tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『鳥人計画』東野圭吾

鳥人計画 (角川文庫)

鳥人計画 (角川文庫)


「鳥人」として名を馳せ、日本ジャンプ界を担うエース・楡井が毒殺された。捜査が難航する中、警察に届いた一通の手紙。それは楡井のコーチ・峰岸が犯人であることを告げる「密告状」だった。警察に逮捕された峰岸は、留置場の中で推理する。「計画は完璧だった。警察は完全に欺いたつもりだったのに。俺を密告したのは誰なんだ?」警察の捜査と峰岸の推理が進むうちに、恐るべき「計画」の存在が浮かび上がる…。精緻極まる伏線、二転三転する物語。犯人が「密告者=探偵」を推理する、東野ミステリの傑作。

先日読んだ『夢はトリノをかけめぐる』で宣伝(笑)されていた作品。
この作品を書いたのはまだ東野さんがスノーボードにどっぷりハマる前なのでしょうけど、マニアックとも言えるほど綿密な取材に基づいて非常に細かくスキージャンプ競技の世界が描かれており、もともとウィンタースポーツに興味はあったんだなということがうかがえます。


とにかくスキージャンプについては詳しく書かれており、あまり詳しいことを知らない私でも少しスキージャンプのことが分かったような気にさせられました。
記録や順位にこだわるあまり、ドーピングや科学トレーニングなどの過剰な行為に及んでしまうスポーツ界の問題点にもズバリ斬り込んでいて読み応えがあります。
オリンピック競技に対する、勝敗だけが全てなのかという疑問は、スキージャンプに限らずあらゆるスポーツに当てはまる問いだと思います。
作中のある登場人物が「世界記録を出した選手がドーピング検査で陽性になった時、世間の人が思うのは『ドーピング検査に引っかかるなんてドジを踏まないでいてくれたら記録を喜んで見ていられたのに』ということだ」というようなことを話す場面があります。
そのように考える人も当然いるのでしょうが、私は反発を覚えました。
オリンピックなどを見ていると世界記録がどんどん塗り替えられていきますが、いつか人間の能力にも限界が訪れるのではないかと想像すると、少し怖くなるときがあります。
人類に限界が訪れて、世界記録が生まれなくなった時、スポーツの世界はどうなるのだろう…と。
ドーピングはもってのほかですが、個人的には北京オリンピックの時に話題になった競泳水着もどうなのかなぁと思います。
あれも人間の能力そのものを伸ばすのではなくて、科学技術の力を借りたものですよね。
「泳ぐのは僕だ」というメッセージを身につけた北島康介選手の想いと、この作品で東野さんが警鐘を鳴らそうとしている事柄とは重なり合うように思います。


もちろん、こうしたスポーツ界の問題点を描きながらもそこにミステリを上手く絡ませるところに、この作品の最大の魅力があります。
犯人の名は序盤であっさり明かされます(上記のあらすじにもはっきり書かれていますね)。
この作品は犯人当てのミステリではないのです。
謎解きの主眼は、犯行の動機、犯行に用いられたトリック、そして犯人を告発した人物=探偵役は誰なのかという3点です。
特に犯人が探偵役が誰かを推理するという逆転の発想は、とても面白いと思いました。
警察は犯行の動機とトリックを推理し、犯人は探偵役の正体を推理する…2つの全く逆の立場からの推理が交錯し、最後まで二転三転する展開は、東野さんらしい工夫にあふれていて楽しめました。
こういうひねりのあるミステリはやっぱり東野さんの得意技ですね。
発想の豊かさに感心させられました。


単なるミステリでも、スポーツ小説でもない、東野さんだからこそ書けるスポーツミステリです。
東野さんにとっては比較的初期の頃の作品でありながら、今読んでも古臭さが感じられない(もちろん時代背景の古さはありますが)のがさすがです。
☆4つ。