tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『この世界の片隅に (中)』こうの史代

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)


すずも北條家に嫁ぎあくせくしてる間に、ようやく呉の街にも馴染んできた。リンさんという友達もできた。夫婦ゲンカもする。しかし戦況は厳しくなり、配給も乏しく日々の生活に陰りが…。そして昭和20年3月、ついに呉の街にも大規模な空襲が! 戦争という容赦のない暗雲の中、すずは、ただひたすら日々を誠実に生きていく。

この中巻は、女性としていろいろと考えさせられることの多い巻でした。


特に「戦時下無月経症」のくだりは胸が痛みました。
そりゃ栄養もろくに取れない状況じゃ、来るものも来なくなりますよね。
でも、脱脂綿も紙もまともに手に入らず、いつ狭苦しい防空壕に駆け込まなければならないか分からないご時世じゃ、来ない方がいいのかも…と思ってまた胸が痛みました。
新妻であるすずには深刻な事態ですよね。
女性として当たり前のはずの命の営みさえ守られない…まだ空襲などで本格的に命の危険にさらされる事態には遭っていないすずのささやかな幸福も、確実に戦争によって破壊されていっているのだと感じられてつらい場面でした。


それから、ちょっと意地悪なすずの義姉・径子の事情も明らかになりました。
夫と死別し、長男を残して長女だけを連れて婚家を去った径子。
今とは違って「婚姻における両性の平等」など保障されていなかった時代。
長男の親権を持つことを許されなかった径子に、知らない男性の許に嫁いだすず…それぞれに当時の女性たちの不自由さが見て取れます。
…でも、それならば男性にとっては自由な時代だったかというと、やはりそれも違うと思うのです。
突然すずを訪ねてきた幼なじみの水原は、「わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ 笑うてわしを思い出してくれ それが出来んようなら忘れてくれ」と言い残して去っていきます。
水原は穏やかな表情でしたが、この言葉にたどり着くまでにはきっとさまざまな葛藤や苦しみがあったのでしょう。
自分は「普通の人」のはずなのに、軍隊で暴力混じりの訓練を受け、「国の誇り」と称えられ、戦死すれば英雄視される…。
同じ軍関係で働いてはいても文官である周作はそうした葛藤とは無縁かもしれませんが、命を賭けて国のために戦う水原たち軍人に対する引け目はきっとあるのだろうと思います。
男性は男性で、これまた不自由な、生きにくい時代だったのではないかなと思いました。


その他、すずと周作がお互いに相手の結婚前の想い人に対して嫉妬し、夫婦喧嘩をする場面などはなんだか微笑ましかったです。
戦時中という非常時に生きていても、人間関係のあれこれや人間の心模様はそう変わらないものなのかも知れませんね。
そうは言っても、すずたちが住む呉市でもついに大規模な空襲が来るようになり、物語は運命の昭和20年8月に向けて加速していきます。
「普通の人」が普通に生きて普通に生涯を終えることができない、そんな日々をすずたちは生きているのだということが、少しずつ切迫感を帯びて描かれるようになってきました。
下巻の感想に続きます。




♪本日のタイトル:DREAMS COME TRUE 「a love song」 より