tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『永遠の0』百田尚樹

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)


「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

1月の読書が快調に進んだせいか積読本が減ってしまい、心惹かれる新刊もない時期に、読む機会を失っていた話題書を何冊か購入しました。
そのうちの1冊がこの作品。
いろんな意味で、とても心動かされました。
もっと早くに読んでおけばよかったと思いました。


司法試験に挑戦していたものの挫折して現在はニート状態の26歳の健太郎。
フリーライターの姉から、終戦間際に特攻で亡くなった「本当の」祖父のことを調べてみないかと持ちかけられます。
祖母が亡くなった時に、今の祖父とは実は再婚で、健太郎の本当の祖父は別にいたという話を聞かされていたのでした。
その実の祖父、宮部久蔵は、帝国海軍の凄腕の戦闘機乗りでした。
ところがその一方で、宮部は臆病者だと陰口を叩かれていたほどに、生きることに固執した人だという話が出てきます。
それほどまでに死ぬことを嫌った宮部が、最後に特攻で散った理由とは―?


主人公の健太郎は祖父・宮部の足跡をたどるために、かつての宮部の戦友たちを訪ね、当時の戦闘の様子や宮部の人となり、兵士たちの心情を語ってもらいます。
激戦を生き残ってきた元兵士たちの話は生々しく、小説なのにまるで戦争体験記を読んでいるかのような読み心地でした。
宮部は海軍で戦闘機に乗っていたパイロットなので、戦闘機や艦船、空戦のことなどが説明されますが、そういったものにあまり興味がなく知識もない私には、最初のうちは少し読みづらく感じました。
でも、やがて慣れてくると、どんどん元兵士たちの話に引き込まれていきました。
彼らの話が時系列で進むので、真珠湾攻撃から始まって、その後戦況がどのように変わっていき本土空襲や沖縄戦、原爆投下、そして終戦へと進んでいったのかがとても分かりやすかったのがよかったです。
自分の頭の中で今までバラバラだった知識がきちんとつながり、ようやく一つの物語になった気がしました。
逆に言うと、今までそういった断片的な知識だけで戦争のことを分かった気になっていた自分がとても恥ずかしくなりました。


また、当時の日本軍が抱えていた問題点も、作中の元兵士たちの話から浮き彫りにされています。
特攻作戦もその一つですが、素人の私にすら明らかに無謀で勝ち目がないだろうと分かるような戦法が実際に行われていたことにずっと疑問を感じていたのですが、この作品を読んだことでその理由や原因が理解できました。
と同時に、言いようのない怒りのような、悲しみのような、やるせない感情が湧いてきました。
官僚主義的で、戦績を正当に評価せず、一般兵士の命を軽視し、指揮官がミスをしてもその責任を取らない。
このような組織では、物量ではるかに日本を上回っていたアメリカに勝てるわけがなかったのです。
ちゃんと宣戦布告をするはずだったのにそれが遅れ、その結果真珠湾攻撃がだましうちの奇襲になり、現在の世に至るまで日本の卑劣さの象徴として非難されることがありますが、その宣戦布告が遅れた理由を初めて知って、あきれると共にどうしようもない怒りが湧いてきました。
特攻隊員に対しても、読後少し見方が変わったように思います。
特攻隊員だけでなく他の兵士たちにしてもそうですが、こんなにも報われない人たちだったのかという驚きがありました。
そして今まで以上に強く確信したのは、一般の兵士たちは私たち戦後生まれの人間となんら変わりない、本当に普通の人間だったのだということです。
彼らは崇め奉られるような正義でも軍神でもなかった。
天皇のために惜しげもなく自らの命を捧げた狂信者でもなかった。
家族や恋人を大事に想い、死を恐れ葛藤した普通の人間なのに、戦中は英雄扱いされたものの、生き残って帰還すれば戦後は戦犯扱い…。
あまりの報われなさに涙し、そうした普通の人たちを大量に死に追いやった戦争を憎いと思いました。


終盤にはちょっとしたどんでん返しや驚きもあり、小説としての面白さもありました。
日本が軍隊を持つことや戦争放棄の憲法を変えることには賛成も反対もいろいろな意見があると思いますが、太平洋戦争で日本軍がどのような戦いをしたのか、どのように敗戦につながっていったのかということについては、意見や立場の違いに関わらず、すべての日本人が知っておくべきなのではないかと思います。
過去の戦争を知って、その反省を踏まえた上でなければ、今後の日本の安全保障についてまともな議論はできないのではないでしょうか。
この作品は、そうした日本人が知っておくべき知識が詰まった小説だと思います。
☆5つ。