tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)


まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.―ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かきな臭い状況に。多田・行天の魅力全開の第135回直木賞受賞作。

三浦しをんさんの作品には独特の雰囲気があると思います。
何と言うのでしょうか、とても生理的に生々しいというか…五感に訴える文章を書く人だなぁと思います。
人物もみんな独特さがあって、そのためにちょっと共感しづらい部分があるように感じていたのですが、この作品は登場人物が個性的なのは変わりませんが、設定の面白さでとても読ませる作品でした。


主人公の多田はバツイチの便利屋。
そこに転がり込んできたのは、多田の高校時代の同級生で、つかみどころのない変人、行天(ぎょうてん)。
多田と行天の間には、高校時代にある「事件」があって…。
この2人の関係がとても興味深いですね。
友達ではない。
だからって「ただの同級生」という言葉で片付けられるような他人同士でもない。
行天が多田の便利屋に転がり込んで、2人の奇妙な共同生活が始まってからは、共に便利屋の仕事をするわけですが、「同僚」と言えるような関係でもない。
2人の関係をうまく一言で定義できる言葉は見つからないけれど、それでも2人の間には確かに何かしらの絆のようなものが芽生えていくのです。
そして、行天と共に行動するようになった多田は、行天のおかげで(?)さまざまな人と出会うのですが、この人々も一癖も二癖もある人物ばかり。
自称コロンビア人娼婦、怪しげなチンピラ、謎のバイトをする小学生、バスが間引き運行していると訴える老人…。
中には犯罪に手を染めている人物もいるのですが、根っからの悪人ではないようで、憎めません。
みんな大切な何かを失っているような、影の部分を抱えて生きる人ばかりですが、愛すべき隣人たち、という感じがします。
こうした個性豊かな登場人物たちが関わることになる事件や出来事が、謎をはらみながらミステリタッチで描かれ、その中でこうした人物たちの謎も解き明かされていきます。
非常に読みやすく、分かりやすいストーリー展開なので、三浦しをん作品初心者にもおすすめできる作品です。


また、もう一つこの作品で大きな存在感を示しているのは、何と言っても舞台の街、東京都まほろ市です。
架空の都市ではありますが妙にリアリティがある…と思っていたら、やはりある実在の市をモデルにしているということです。
東京郊外の、決して都会とは言えませんが田舎と言うわけでもなく、都心に出なくてもある程度の用は市内で足せる、という絵に描いたような地方都市です。
闇の部分も光の部分も混在する街ですが、意外に暮らしやすそうな感じもします。
だからこそ、多田も行天も、嫌な思い出もあるだろうに、まほろ市から離れられずに生きているのだと思います。
個性的な人物たちのさまざまな事情や暮らしを抱え込んで、まるで生きているかのように浮かび上がってくる街の姿がとても印象的でした。
まほろ市も「登場人物」に数えてもよいのではないかと思うぐらいです。
三浦さんは同じまほろ市とまほろ市の人々を描いた番外編的な連作シリーズも執筆されているそうで、まだ単行本にはなっていないようですが、こちらもいつか読めたらいいなと思います。
決してきれいごとばかりの物語ではないのに、なんだかとても心地のいい作品でした。
☆4つ。