tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ゴールデンスランバー』伊坂幸太郎

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)


衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない――。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。

2008年度の「このミス」1位に輝き、山本周五郎賞本屋大賞をダブル受賞した作品です。
このような評価が高い作品を読むときは逆に「期待しすぎないようにしよう」と身構えてしまうのですが、この作品は本当に面白かった!
高い評価を素直に信じて正解でした。


この作品の舞台は一応は日本なのですが、ちょっとパラレルワールドっぽい部分もあって、それがまた「本当に将来この国がこんな社会になったら…」という想像力を掻き立てられて面白かったです。
まずこの作品世界の日本では、総理大臣が公選制になっています。
そして、仙台ではある凶悪な事件をきっかけに、街中に「セキュリティポッド」と呼ばれる、周囲の映像や音声、携帯電話の通信状況などを記録する監視装置が設置されています。
そんな今私たちが生きている日本とはちょっと違う日本で起きるのは、衆人環視の中、白昼のパレード中の首相暗殺。
その暗殺犯の汚名を着せられたのは、全く無実の元宅配ドライバー、青柳雅春という一人の青年でした。
警察が容赦なく銃口を向け、暴力も辞さないという異常事態の中、彼は死に物狂いで仙台市中を逃走しますが…。


伊坂作品の魅力の一つは、見事な伏線の回収の仕方。
この作品でも、一見事件に関係のなさそうな人物や、青柳雅春が逃走中に回想する学生時代のエピソードや、ビートルズの話や、そういったものが全部伏線として最終的には本筋の事件につながってくる。
もっとも、今回は回収されずに終わる伏線もあって、例えば暗殺事件の真犯人や、青柳雅春がスケープゴートにさせられた理由や過程については明らかにされません。
それでも物語終盤に伏線が回収されていく爽快感は十分味わうことができました。
この物語にとって、暗殺事件の真相そのものは大して重要ではないからです(ケネディ暗殺事件を下敷きにしているので、その点ではいろいろ考えさせられる部分もあります)。
大事なのは、青柳雅春がどのようにして警察の手を逃れていくのか、監視社会の本当の怖さとは何か…だと思うのです。


伊坂さんは『モダンタイムス』という作品でも「監視社会」を描かれているようですが(私は未読なのでよく知りませんが)、何とも言えない気持ち悪さがあるなぁと感じました。
国民を凶悪犯罪から守るため、というのを口実に、国家が国民の日常生活を監視する。
それ自体も怖いのですが、何より怖いのは国民が何の疑問も持たずに、ただ成り行きに任せて監視を受け入れてしまう、そのことだと思います。
ある登場人物は、次のようなせりふを発しています。

「思えば俺たちってさ、ぼうっとしている間に、法律を作られて、税金だとか医療の制度を変えられて、そのうちどこかと戦争よ、って流れになっていても反抗ができないようになっているじゃないですか。何か、そういう仕組みなんだよ。俺みたいな奴がぼうっとしてる間にさ、勝手にいろいろ進んでるんだ。前に読んだ本に載っていたけど、国家ってさ、国民の生活を守るための機関じゃないんだって。言われてみれば、そうだよね」


520ページ 6〜11行目より

確かに…と頷かざるを得ないこの言葉。
もしかしたら、国民こそが国家を監視すべきなのかもしれません。


伊坂さんの作品はいつも「感動する」とか「泣ける」とかいうよりは、「にやりとさせられる」ということの方が多くて、そんな部分こそが伊坂作品の魅力だと思っていましたが、この作品では思わず涙が出そうになった場面がいくつかありました。
もちろんにやりとさせられる場面や挿話もあって、それはそれで楽しんだのですが。
ラストは本当に、涙腺が緩んでしまいました。
どんなに巧妙な監視ネットワークが張り巡らされた社会においても、人と人とのつながりがそれに勝ることはきっとあるし、どんな絶望的な状況でもどこかに突破口は必ずある…。
監視社会の不気味さや気持ち悪さを感じる一方で、どこか心強さも感じさせてくれた作品でした。
☆5つ。