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本の感想、ときどきライブレポ。

『アンソロジー 初恋』アミの会 (仮)

アンソロジー 初恋 (実業之日本社文庫)

アンソロジー 初恋 (実業之日本社文庫)


甘くて切ない、大人の「ファーストラブ」。数多くの傑作アンソロジーを生み出してきた実力派女性作家集団「アミの会(仮)」が贈る、極上の恋愛小説集。中学校で人気者だった女の子と再会した私。彼女が好きだった男性は…(「レモネード」)。妻の勧めでドイツ語教室に通い始めた夫。隣に座る女性が気になるが…(「アルテリーベ」)。ノスタルジックな9つの「初恋」の物語。オール書き下ろし。

女性作家によって結成された「アミの会 (仮)」のアンソロジーが気に入って、新刊を見つけては買って読んでいます。
毎回決まったテーマに沿った短編が収録されるのですが、今回のテーマは「初恋」で、参加された作家さんは9名。
九人九色の「初恋」にまつわる物語を堪能しました。
それではさっそく各作品の感想を。


「レモネード」 大崎梢
30代の半ばに差しかかった女性が、中学時代の同級生に偶然再会し、それをきっかけに中学時代の恋のことを思い出します。
物語後半に恋の結末が明らかになるのですが、ちょっと意外な顛末でありながら、「初恋」ってこういうものかもなあと感慨深い気持ちになりました。
甘酸っぱいけれど甘すぎない、まさに「レモネード」のようなお話。
本作に描かれたさまざまな「初恋」の中では一番王道なのではないかと思います。


「アルテリーベ」 永嶋恵美
タイトルの「アルテリーベ」はドイツ語で、4つの意味を持つ言葉なのだそうです。
その4つの意味に沿った話が4つ語られますが、4つの話はすべて関連しており、最後には急展開して思わぬ結末を迎えます。
なんとも切なく、まっすぐで、悲しい「初恋」に、胸が詰まりました。
一途な想いを貫いた主人公には幸せになってほしかったなあ……。


「再燃」 新津きよみ
「還暦同窓会」に参加して初恋の人と再会した女性の一人称で書かれた物語です。
「同窓会で初恋の人に再会」という設定自体はありふれたものですが、結末はなかなか意表を突くものでした。
実はこの話の中にはふたつの「初恋」が描かれていた――というところが好きです。


「触らないで」 篠田真由美
篠田真由美さんは「アミの会 (仮)」のアンソロジーに寄稿されている作品のすべてに共通して、女主人が営む古物店を登場させているのですね。
今まで私が読んだ作品ではいつも脇役だったその古物店の女主人が、今回は主人公になっています。
古物店という、ちょっとミステリアスなイメージの商売にふさわしく、物語もミステリアス。
芸術家の女性の「初恋」物語が不思議で奇妙で、とても印象的でした。


「最初で最後の初恋」 矢崎存美
男子大学生と、その友人のおばあちゃんが、一緒に人気のスイーツを食べに行くなどのデートを重ねていくというほのぼの系の話です。
スイーツがおいしそうでお腹が減るし、おばあちゃんが語る亡き夫の話はほっこりするしで、読んでいてとても気持ちのよい物語でした。
昔は恋愛結婚は珍しく、おばあちゃんも見合いで夫となる人と出会ったのですが、間違いなくおばあちゃんはその夫に対して「初恋」をしていたのだなあとしみじみしました。


「黄昏飛行 涙の理由」 光原百合
「潮ノ道」という瀬戸内海に面した観光地を舞台にした物語です。
光原百合さんが住んでおられる広島県尾道市をモデルにしていることは明らかで、もしかして登場人物にもモデルがいたりして、などと想像するのが楽しいですね。
「初恋」というタイトルの幽霊画をめぐる物語で、多少怪談っぽいところがなくはないのですが、同じFM局に勤める男女のコンビがいい味を出しているほのぼのラブストーリーでした。


「カンジさん」 福田和代
デイケア施設の利用者である認知症の千代子さんが「初恋の人だ」と語る「カンジさん」という男性。
「カンジさんと結婚し幸せな家庭を築いた」という話を語る千代子さんでしたが、千代子さんの夫の名前は「カンジさん」ではなく、その話を聞いた家族を動揺させてしまいます。
認知症の人だから、何か夢物語のようなものと現実とを混同しているということかなと思いきや、物語は意外な方向へ。
最後の2行には背筋がぞくりと寒くなりました。


「再会」 柴田よしき
これも時が経ってから「初恋の人」に再会するというお話です。
ただその再会の仕方がとても独特で印象的でした。
本作の舞台となっているのは、安楽死法と呼ばれる法律により本人が望めば安楽死できる国になった日本です。
これは将来本当にそうなってもおかしくない設定だと思い、とても興味深く読みました。
この設定が「初恋の人との再会」という物語のテーマにきれいに結びついているのがよかったです。


「迷子」 松村比呂美
35歳の「おひとりさま」女性が見合いをすることになるのですが、なんとその見合いの相手が、迷子になっていたところを偶然助けた男の子の父親だったという話です。
男の子を通して進んでいく見合い話が微笑ましくて、こんなお見合いもありだなあと思いました。
本作で描かれる「初恋」もとてもかわいくて思わず頬が緩みます。
登場人物みんな幸せになってほしいと思える、あたたかい物語でした。


「初恋」というテーマで似たような設定もなくはないものの、切り口は本当に9人それぞれで、いろいろな「初恋」があるものだなと思わされました。
どれもさすがの水準の高さで、今回も大満足のアンソロジーでした。
☆4つ。




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