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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『絶叫』葉真中顕

絶叫 (光文社文庫)

絶叫 (光文社文庫)


マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ…。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!?ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作!

デビュー作『ロスト・ケア』が話題を呼んだ葉真中顕さんの2作目です。
非常に分厚い本ですが、先が気になって一気に読ませるリーダビリティの高さは前作と同じ。
まだ新人作家なのに安定したクオリティの作品を連続して出せるというのはすごいなと思いました。


都下の防音に優れたマンションで凄惨な孤独死体となって発見された女性、鈴木陽子の生涯をたどる物語です。
「鈴木陽子」という名前も平凡ですが、中身も平凡な女性。
主人公としては地味な感じですが、読み進めるにつれその壮絶な転落人生は決して平凡なものではなかったと、ある意味ショックを受けることになります。
毒親、弟の交通事故死、父の失踪、不妊、夫の浮気、離婚、ブラック企業、自爆営業、不倫、売春――。
これでもかというように陽子の身に降りかかってくる不幸の数々にめまいがしながらも、この人は一体どうなってしまうのだと気になってページを繰る手を止められないのです。
ひとつひとつを見れば、女性なら誰でもひとつくらいは経験しているか、あるいは身近に経験した人がいるだろうと思えるような「よくある不幸」ですが、それらを全部一身に背負ってしまった陽子の不幸ぶりには、胸が痛くなるというよりもただただ呆然とさせられました。
あれもこれもとちょっと詰め込みすぎな感も否めませんが、これだけの壮絶な人生を送っていれば、確かにこの結末にたどり着かざるを得ないかもしれないという妙な説得力がありました。


前作『ロスト・ケア』で介護問題について考えさせられたように、本作でも現代の日本が抱えている問題について大いに考えさせられます。
本作の文中に登場するキーワードの中で、最も印象に残ったのは「自己責任」でした。
陽子の転落人生を読んでいると、どうしてこうなってしまったんだろう、どこかで歯止めをかけ、浮上する道はなかったのかと思います。
同じことを、陽子自身も自分に問いかけるのですが、答えは見つかりません。
陽子の人生は別に誰かに強制されたものではなく、自ら選んできたとも言えるのですが、かと言ってこの転落人生を選ばずに済む道はなかったのかというと、考え込んでしまいます。
陽子は1970年代前半の生まれ、女性の社会進出が徐々に進んできてはいたものの、まだ十分ではなく、「女性に学歴や職業スキルは必要ない」と言われることもままある時代でした。
そのため陽子も特に専門的な知識や技能を身につけることもないまま、短大卒業後OLになるというごく普通の進路を歩みます。
けれども結婚に失敗し、ひとりで生きていかねばならないだけでなく、困窮した母に仕送りをしなければならなくなった、という苦境に陥ったことが、陽子の転落を加速させていきます。
果たしてこれは陽子の「自己責任」だけで片付けられることなのか。
特別なスキルや職歴を持たない女性が誰かを養えるほどのお金を稼ごうと思ったら、選択肢はおのずと限られてきます。
そして、母親と言っても自分を愛してなどくれなかった親を、子が養う義務は本当にあるのでしょうか。
生活保護のような福祉制度が、子だくさんで支え手の多かった旧来の家族制度を基本としていることも、現代にはそぐわなくなってきているのではないかと思えます。
陽子の人生とともに、バブルとその崩壊、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件911テロ、リーマンショック東日本大震災と、その時々の日本と世界の大きな出来事が語られますが、これほどの激動の時代において人の価値観や考え方も変わっていっているのに、その変化に社会制度がついていけていない部分があって、陽子のような転落していってしまう人が出てくる一因になっているのではないかと思いました。


ミステリとしても、ラストにちょっとした驚きが仕込まれており、陽子の人生が語られているパートがなぜ二人称で書かれているのかという謎が解け、すっきりする気持ちも味わえました。
救いのなさで読後感は決してよいものではありませんが、読み応えのある、濃密な読書が楽しめる作品でした。
☆4つ。



●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~』三上延


ビブリア古書堂に迫る影。太宰治自家用の『晩年』をめぐり、取り引きに訪れた老獪な道具商の男。彼はある一冊の古書を残していく―。奇妙な縁に導かれ、対峙することになった劇作家ウィリアム・シェイクスピアの古書と謎多き仕掛け。青年店員と美しき女店主は、彼女の祖父によって張り巡らされていた巧妙な罠へと嵌っていくのだった…。人から人へと受け継がれる古書と、脈々と続く家族の縁。その物語に幕引きのときがおとずれる。

大人気古書ミステリシリーズがついに完結しました。
思えばこのシリーズがきっかけとなってさまざまなお仕事系日常の謎ミステリラノベが誕生したのですから、非常に影響力の強い作品だったなぁと思います。
待ちに待った最終巻では、期待通りの大団円の結末を見せてくれました。


これまでのシリーズでは夏目漱石江戸川乱歩太宰治手塚治虫など、主に日本の作家が取り上げられていました。
最終巻はシリーズの集大成となるはずだから、やはり流れからいって日本の文豪が取り上げられるのかなと漠然と予想していたので、本の発売前に今回はウィリアム・シェイクスピアと知った時にはとても驚きました。
海外の古典というのは題材として難しいと思いますし、そもそもビブリア古書堂は洋書を扱う店ではありません。
英文科出身の私にとってはシェイクスピアはなじみのある作家ですが、一般的日本人にとっては決してそうではないでしょうし、一体この難しい題材をどう料理するのかと思っていたら、そこはさすがでしたね。
世界的にも非常に希少価値の高いシェイクスピアに関する古書を追うという、「お宝鑑定団」的な面白さとミステリとをがっちり融合させ、栞子さんが語るシェイクスピアに関する薀蓄も大いに知的好奇心をかきたててくれます。
その裏には膨大な資料や取材による綿密なリサーチがあったのだろうということが察せられ、「ライトノベル」という言葉が似合わないほどにひとつの題材を徹底的に突き詰めようとする作者の熱意に感嘆しました。
シェイクスピア初心者にも分かりやすいように、作品の書かれた時代の背景やストーリーが丁寧に栞子さんの口から説明され、思わず読んでみたいなという気にさせられます。
個人的にはシェイクスピアは悲劇ばかり読んで喜劇はほとんど読んだことがないので、本作で取り上げられている「ヴェニスの商人」を読んでみたくなりました。


もちろんシリーズ完結編として、栞子さんと大輔の関係はどうなるのかとか、栞子さんと母親との確執は、とか気になる部分にもきちんと結末をつけています。
ここ最近の巻では栞子さんの博識さや洞察力に押されるばかりの印象だった大輔が、終盤に頼もしいところを見せているのもよかったです。
自分は栞子さんに釣り合わないのではないかという不安を抱えていた大輔ですが、実際はちゃんと栞子さんと対等に付き合っていける男性だということが明確に描かれたのは、ラブストーリーとしても申し分ない結末だったのではないでしょうか。
母親とのエピソードがちょっとあっさり終わりすぎというか、少々物足りない感じがした以外はほぼ満足のいく最終巻でした。
ビブリア古書堂最大の危機を乗り越え、栞子さんと大輔の明るい未来を感じさせるラストがすがすがしいです。
また、最終巻とは言っても続けようと思えばいくらでも続けられそうな雰囲気なのもよかったと思います。
シリーズの新刊が書かれるという意味ではなく、作中世界で「これからも物語が続いていく」ということが感じられるのは、登場人物たちがちゃんと生きた人間として描けていたという何よりの証拠ですから。
今後も番外編やスピンオフで栞子さんや大輔と再会できるだろうことが作者のあとがきで明言され、ファンとしては一安心です。
とにかく下調べに膨大な時間が費やされたシリーズですから、ページ数の関係などで泣く泣く削ぎ落とさなければならなかったエピソードやネタもきっとたくさんあることでしょう。
それらが読めることを楽しみにしています。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『ようこそ授賞式の夕べに 成風堂書店事件メモ (邂逅編)』大崎梢


書店員がその年一番売りたい本を選ぶ書店大賞。その授賞式の当日、成風堂書店に勤める杏子と多絵が会場に向かおうとした矢先、福岡の書店員・花乃が訪ねてくる。「書店の謎を解く名探偵」多絵に、書店大賞事務局に届いた不審なFAXの謎を解いてほしいという。同じ頃、出版社・明林書房の新人営業マンである智紀にも、同業の真柴を介して事務局長直々に同様の相談が持ち込まれる。華やかな一日に不穏な空気が立ちこめて……。授賞式まであと数時間。無事に幕は上がるのか?! 〈成風堂書店事件メモ〉×〈出版社営業・井辻智紀の業務日誌〉、両シリーズのキャラクターが勢ぞろい。書店員の最も忙しい一日を描く、本格書店ミステリ。

中堅規模の書店で働く杏子と女子大生バイトの多絵が、書店の日常業務の中で出会う謎に挑む「成風堂書店事件メモ」シリーズ。
そして、出版社の若手営業マン・智紀の仕事ぶりと謎解きを描く「井辻智紀の業務日誌」シリーズ。
どちらも大崎梢さんの代表作と呼べる人気シリーズですが、ついにこのふたつのシリーズが合体しました。
両方のシリーズを読んでいる人間にとってはたまらないコラボレーション。
おなじみのキャラクターたちがわいわいとひとつの場所に集まっていく様子に、胸が躍りました。


タイトルにある「授賞式」とは、書店員が選ぶ文学賞「書店大賞」の授賞式のことです。
どこかで聞いたような名前ですよね。
そうです、すっかり本に関する賞として世間的にも定着した感のある「本屋大賞」をモデルとしています。
「書店大賞」発表と授賞式の当日に、杏子と多絵の成風堂書店コンビ、そして智紀と出版社営業マン仲間たちが、各々ある謎を追うことになります。
その謎とは、書店大賞事務局に脅迫状めいた差出人不明のFAXが届いたというもの。
そのFAXは一体誰が、何を目的として送ったものなのか。
授賞式の開会が刻々と迫る中、杏子たち、そして智紀たちは、それぞれ謎の真相に迫っていきます。
やがて二組は邂逅を果たし、華やかな授賞式に忍び寄る悪意に気付きますが――。


ミステリですし、なかなか不穏な雰囲気にもなりますが、死人は出ないので安心です。
読者が登場人物と一緒に推理を楽しめるタイプの謎解きではありませんが、個性豊かなキャラクターたちがあちこち駆けずり回りながら謎の手がかりを探していく様子を楽しむミステリですね。
意外性やどんでん返しがなくても、真相に迫っていく過程そのものが面白いのです。
そして何より、書店大賞という書店員にとっての晴れ舞台ともいえる大イベントの雰囲気が生き生きと描かれているのがよいなと思いました。
自分も書店員だったらぜひ参加してみたいと思えます。
特に、杏子たち書店員女子が、各自投票した作品について語り合う場面が非常にうらやましく感じました。
私も周りに読書好きがいないわけではないのですが、読書といっても本には文芸作品だけでなくいろいろなジャンルがありますからね。
なかなか好きな小説について盛り上がる機会は、日常生活の中にはありません。
書店員ならやはりそういう日常がある、というよりそういう機会作りの役割を書店大賞という文学賞が担っているのだろうと思いますが、それはとても素敵なことだと思います。
書店大賞、そしてモデルである本屋大賞には、問題点も批判も存在することは事実です。
本作でもそのことについては逃げずにちゃんと言及しています。
ただ、書店や出版社や作家さんが一体となって盛り上がり、マスコミにも大きく取り上げられる話題性の高いイベントに育っていることも確かで、それはやはりこの出版不況の時代において有意義なことだと思うのです。
ただの本好きにすぎない私も本屋大賞の発表は毎年楽しみにしていますし、これからも長く続けていってほしいと思っています。
本を作る人、売る人のさまざまな想いがこもったイベントの様子を、本好きのひとりとしてわくわくするような、心強いような気持ちで読みました。


今年ももうすぐ本屋大賞発表の日がやってきます。
さあ、どの作品が今年の大賞を射止めるのでしょうか。
毎年楽しみな賞が、この作品を読んだことでさらに楽しみになりました。
☆4つ。



●関連過去記事●
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