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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ロスト・ケア』葉真中顕

ロスト・ケア (光文社文庫)

ロスト・ケア (光文社文庫)


戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫び―悔い改めろ!介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味…。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る!全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

新しい作家さんに挑戦!ということで、各種ミステリランキングにランクインして話題になった、葉真中顕さんのデビュー作『ロスト・ケア』を読んでみました。
この作者さん、そこそこ有名なブロガーさんだったんですよね。
この作品で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞された時に話題になっていたのが記憶に残っています。
さすがに文章を書き慣れているという雰囲気で、デビュー作ながらとてもこなれていて読みやすい文章だと感じました。


ミステリの新人賞を受賞した作品ですが、ミステリとしての驚きはそう大きくはありませんでした。
スリードが効果的に仕掛けられていますが、他に特に大きな仕掛けはなく、どんでん返しが何度も続いたり、犯人が意外すぎたりするわけではありません。
本作の一番の読みどころは、やはり動機の部分でしょう。
高齢化社会と介護という、現代の日本に差し迫った大きな社会問題と強く結びついた事件の様相と動機の描写にリアリティと説得力があり、問題提起を主眼に置いた社会派ミステリだと思いました。


介護問題が日本社会にとって喫緊の課題であることは、誰も否定しようのない事実でしょう。
この作品はミステリというエンターテインメントの形で、何が問題なのかを分かりやすく提示しています。
周りに助けを求めることもできず、過酷で壮絶な親の介護に追いつめられていく人々。
自分の時間が取れないだけではなく、追いつめられた挙句に親に手をあげてしまう人も少なくありません。
それは「絆」が原因なのだ、という本書の指摘は、今まであまり聞いたことのない考え方だったので、ハッとさせられました。
親子の絆は貴いものであり、子が年老いた親の面倒を見るのは当たり前、という風潮があります。
でも、介護は親子愛や絆といった精神的なものだけで乗り越えられるほど、楽なものではありません。
通常は肯定的に捉えられる「絆」というものが、介護という文脈の中では人を縛り付け苦しめるものにもなるのです。
本作で描かれている介護も非常に厳しい現実で、自分にこれができるだろうか……と考えさせられました。
仕事や育児など、他のやるべきこともこなしながら一人で行えることとは到底思えず、行政による支援が絶対に必要だと思いますが、近年導入された介護保険制度には問題点も多く、十分な支援体制が整っているとは言えない状況だということがよく分かりました。


どんな理由があっても殺人は許されないことです。
それでも、綺麗ごとでは済まされない現実があるということに、強く心を揺さぶられました。
少子高齢化社会が到来することはずっと前からわかっていたはずなのに、この国は必要な対策を十分に講じられなかった――原発問題と同様「想定外でした」というような言い訳が許されていいのかという、憤りと無力感を感じました。
ミステリとしては、主人公の一人である検察官が事件が起こっているらしきことに気付き、数字データをもとに論理的に真犯人を突き止めていく過程に真新しさを感じました。
葉真中さんは最新作『絶叫』も評判がよいようなので、またぜひ読んでみたいです。
☆4つ。