風光明媚な瀬戸内の島で育った暁海(あきみ)と母の恋愛に振り回され転校してきた櫂(かい)。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。ときにすれ違い、ぶつかり、成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けた著者がおくる、あまりに切ない愛の物語【2023年本屋大賞受賞作】
2020年に『流浪の月』で本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんが二度目の本屋大賞をかっさらったのが本作です。
『流浪の月』もなかなか衝撃的な作品ですが、本作もまた別の意味で衝撃が続く、あまりにも悲しく切ない恋愛小説でした。
舞台は瀬戸内海に浮かぶ小さな島。
そこで生まれ育った暁海 (あきみ) と、京都から島に引っ越してきた櫂 (かい) には、やっかいな親がいるという共通点がありました。
母に頼まれ父の浮気相手の家へ父を迎えに行く暁海に櫂が同行したことから2人の距離は急速に縮まり、あっという間に恋に落ちていきます。
そんなあらすじだけを読めば普通の青春恋愛小説のようですし、美しい海と空に囲まれた島というロケーションも若い2人の恋愛を彩る舞台として最高なのですが、彼らの恋愛はキラキラと輝くものばかりではありません。
読んでいる間中ずっと、息苦しさで胸が詰まりそうでした。
2人が住む島は、典型的な「田舎」。
人の噂はあっという間に広まり、島での数少ない娯楽として住民たちに消費される。
狭い人間関係、古い価値観、閉鎖的なコミュニティ。
そんな環境で、暁海の父はよそに女性を作って家を出ていき、その結果として心を病んだ母が重い重い荷物となって、暁海を島に縛りつけます。
そして櫂は櫂で、恋愛をすると相手の男しか見えなくなってしまう母親に放置されていました。
小さな島で、親という大きすぎる荷物を背負わされて、若く楽しいはずの高校生でありながら自由を制限される2人。
島から見える海も空も、都会に比べればずっと広いはずなのに、実際に風景描写はその広さが感じられて美しいのに、心理的には閉塞感で息が詰まるというそのギャップに押しつぶされそうでした。
親から与えられないものを埋め合うように共に過ごすようになった暁海と櫂ですが、その時間は長くは続きません。
高校卒業後、精神的に不安定な母親を見捨てることはできず、東京の大学への進学をあきらめて地元企業に就職した暁海。
一方で櫂は上京し、マンガ原作者としてのスタートを切ります。
作画担当の尚人と組んで連載を始めたマンガは好評を得てアニメ化され、成功者となった櫂はどんどん金遣いが荒くなり、浮気を繰り返すようになっていきます。
母親という重荷を下ろせないまま、旧態依然とした露骨な女性差別が存在する会社で働き、薄給で母との生活をやりくりする暁海との対比に、悲しくなりました。
浮気を繰り返しながら、暁海に癒しを求める櫂の身勝手さにも、腹が立つというよりもただただ悲しい気持ちの方が勝ります。
競争の激しい世界で成功したのはもちろん櫂の努力と実力の賜物であり、決して楽な道のりではなかっただろうことは容易に察しがつきますし、どんなに派手にお金を使う遊びをしても、いろんな女性を渡り歩いても、本当に櫂が欲するものを与えられるのは暁海だけで、でもその暁海との立場の違いはどんどん広がるばかりという状況が、本当にただただ悲しくてなりませんでした。
櫂は暁海にとって救いとはならず、彼女の助けとなったのは父親の浮気相手の女性だけ、というのも皮肉に満ちています。
そしてその後、予期せぬできごとが次々に暁海と櫂の身に起こり、思いも寄らない展開に息をのみました。
本作のプロローグを読んだ段階でもうこの物語はハッピーエンドにはならないんだろうなと予測はついていましたが、まさかこんな結末になろうとは。
ですが、ハッピーエンドとは言えないかもしれませんが、それほどバッドエンドとも言えません。
悲しい結末ではあるのですが、少しほっとするような結末であったのも確かです。
こんな形で成就される恋愛もあるのだなと、感嘆の気持ちも湧いてきたほどでした。
恋愛小説というよりは、人生に関する小説を読んだような読後感を味わいました。
親は選べないし、社会は厳しく理不尽なことばかり。
それでも数々の困難の中で若くて不器用な2人が貫いた愛の物語に圧倒されました。
☆5つ。
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