tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『火のないところに煙は』芦沢央


「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」突然の依頼に、作家の〈私〉は驚愕する。忘れたいと封印し続けていた痛ましい喪失は、まさにその土地で起こったのだ。私は迷いながらも、真実を知るために過去の体験を執筆するが……。謎と恐怖が絡み合い、驚愕の結末を更新しながら、直視できない真相へと疾走する。読み終えたとき、怪異はもはや、他人事ではない――。

本屋大賞山本周五郎賞にノミネートされ、各種ミステリランキングにもランクインした話題作です。
作者の芦沢央さんのことは以前から気になっていたのですが、ようやく作品を読むことができました。


しかし実はホラーが苦手というか、あまり好きではない私。
表紙もなんだか怖い感じだし、大丈夫かなあと思いながら読み始めましたが、結論から言うと全然問題ありませんでした。
というのも、ミステリランキングにランクインしていることからわかることですが、ミステリとして楽しめたからです。
本作は「実話怪談集風の小説」というちょっと変わった体裁をとっています。
ミステリ作家の「私」が、自分のところに持ち込まれた怖い話を怪談として書き「小説新潮」に発表していきますが、最初は第三者として話を聞くだけだった怖い話が、徐々に作家自身の「体験」となっていくところが怖いところです。
第五話まで怪談が語られた後、最後に「書き下ろし」の最終話によって、全5話の怪談に隠されたつながりがあったことが指摘されます。
さらに、本作は実際に小説新潮に発表されており、語り手の「私」は明らかに作者自身のことであり、実際に作者のツイッターには作中に出てくる「ツイート」が投稿されているのです。
つまり、本作は小説の枠を超えて現実の雑誌やSNSまでも利用して巧妙に作り上げられた作品なのであり、その計算ずくの伏線の張り方や仕掛けの作り方は完全にミステリの技法によるものでした。
このことから、「怪談集」というよりはミステリとして読むべき作品なのだと思います。


実質的にミステリとはいっても、怪談としてまったく怖くないというわけでもありません。
ただ、個人的に何より怖いと感じたのは、作中で起こっている怪異そのものよりも、その裏にある人間の心理や感情でした。
特に第四話「助けてって言ったのに」のラスト、本作で探偵的な役割を演じるオカルトライターの榊さんが指摘する「あること」にはゾッとさせられました。
ある人物の行動が、悪意によるものではないのだけれど、悪意ではないからこそ、その裏にある歪んだ心理が、怖い。
怖い話を読んだときによくある感想ですが、結局は人間が一番怖い。
そう感じずにはいられない結末でした。
そして、本作の一番よくできているところは、読者に「自分もこの話にかかわってしまった」と思わせるところでしょう。
語り手の「私」がだんだん怪異にかかわっていく話だと思って読んでいると、ある時ふと気づくのです。
私もこの話を読んでしまったことで、「かかわってしまった」のではないかと。
これはなかなか背筋がぞくりとする体験でした。
上記のあらすじにある、「読み終えたとき、怪異はもはや、他人事ではない」というのは、なるほどそういうことだったのかと寒気を味わいながらも納得しました。


よく練られたミステリだという印象ですが、すべての謎が完全に解けるわけではなく、よくわからない部分が残るというのは怪談ならではでしょうか。
全部が論理的に説明されたら、それは怪談ではないのですよね。
ゾクッとくる怖さはあるけれど、そこまで怖すぎるということもなく、私としてはちょうどいい塩梅でした。
逆に怖い話好きの人には少々物足りないのかもしれません。
☆4つ。