tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『本と鍵の季節』米澤穂信


堀川次郎、高校二年で図書委員。不人気な図書室で同じ委員会の松倉詩門と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、本には縁がなさそうだったが、話してみると快活でよく笑い、ほどよく皮肉屋のいいやつだ。彼と付き合うようになってから、なぜかおかしなことに関わることが増えた。開かずの金庫、テスト問題の窃盗、亡くなった先輩が読んだ最後の本──青春図書室ミステリー開幕!!

米澤穂信さんの青春ミステリ作品はいつもどこかほろ苦い。
さよなら妖精』『真実の10メートル手前』『王とサーカス』の「太刀洗万智」シリーズも、『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』などの「古典部」シリーズも、『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』の「小市民」シリーズも。
新たなシリーズの開幕となる本作も、例外ではありませんでした。


ですが、本作の場合は「ほろ苦い」を超えて痛みすら感じるような読み心地です。
本作は6つの作品からなる連作短編集ですが、最初のエピソード「913」からもう痛くてつらい。
同じ高校で図書委員を務める堀川と松倉が、図書委員の先輩の家に招かれ、先輩の亡くなったおじいさんが遺した金庫を開けてほしいという依頼に応えるというストーリーですが、ミステリでは定番の暗号ものだと思って軽い気持ちで読んでいたら、真相に驚かされました。
堀川が女性である先輩に好感を持っていることを松倉が指摘する場面があり、いかにも青春ミステリという展開でもあっただけに、真相がわかった時のなんとも言えない嫌な味わいはまったく予想していませんでした。
どこかブラックというか、人間の嫌な部分を見せつけられたというか。
この最初の一編で、本作は「古典部」シリーズや「小市民」シリーズよりも、『満願』や『儚い羊たちの祝宴』に近いかもしれないぞ、と覚悟させられた感がありました。
その後の「ロックオンロッカー」「金曜に彼は何をしたのか」にはそれほど嫌な味わいはありませんが、「ない本」の結末にはまた痛くてつらい気持ちになりました。
この話は3年生の自殺に関わる物語で、それだけでも他の話と違う重い空気が流れているのですが、謎解きの果てに真実を明らかにすることが必ずしも正しいこととは限らず、誰かを傷つけることもあるのだということが描かれています。
謎解きを描くミステリの中で謎解きのあり方を問うようなメタ的な視点が、なんとも印象的でした。


そして、最後の「昔話を聞かせておくれよ」と「友よ知るなかれ」の2編では、松倉自身が追い求めてきた自分の父親に関する謎を堀川が協力して解いていくことになります。
最後は2人のうちの1人が当事者である謎ということで、2人と謎との距離感がぐっと縮まり、堀川と松倉の距離も縮まっているように思えました。
それだけに、ラストに漂う切なさ、寂しさが強く印象に残ります。
高校2年生というのは、かなり大人に近づいてはいるけれど、まだまだ未熟なところも多いという、微妙な年頃。
堀川も松倉もかなり頭がいい方で、それだけに大人っぽい印象がありますが、高校2年生らしい幼さもまだ残しています。
頭がいいから謎は解ける、でも謎を解いた結果何が起こるかや、その後のケアなどには気が回っていないことも多いのです。
そういうアンバランスさはこの年頃の少年を謎解き役に据えるからこそ描けるものであり、青春ミステリの醍醐味ともいえるでしょう。
古典部」シリーズとも「小市民」シリーズとも異なる味わい、異なる角度から描かれる新たな青春ミステリの誕生に、祝福の拍手を送りたくなりました。


収録作すべてに「本」と「鍵」が謎解きのキーアイテムとして登場するということで、連作短編集らしい統一感がありました。
堀川と松倉の、親友ではないがけっこうウマが合っているという関係性が絶妙で、微妙な距離があるからこそバディものとして今後シリーズ化していけそうだなぁ……と思っていたら、すでに続編の構想があるそうで。
これから米澤さんの代表シリーズのひとつに成長していくことを期待しています。
☆4つ。