tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『塩の街』有川浩

塩の街 (角川文庫)

塩の街 (角川文庫)


塩が世界を埋め尽くす塩害の時代。塩は着々と街を飲み込み、社会を崩壊させようとしていた。その崩壊寸前の東京で暮らす男と少女、秋庭と真奈。世界の片隅で生きる2人の前には、様々な人が現れ、消えていく。だが―「世界とか、救ってみたくない?」。ある日、そそのかすように囁く者が運命を連れてやってくる。『空の中』『海の底』と並ぶ3部作の第1作にして、有川浩のデビュー作!番外編も完全収録。

『空の中』『海の底』と共に「自衛隊3部作」と呼ばれる有川浩さんの代表シリーズ1作目です。
『空の中』と『海の底』が本格SF(あるいはファンタジー?)として楽しめたのに対して、『塩の街』はSFというよりはかなりラブコメ色が強め。
…でも、そこがまたいいんだな。


本作の舞台はある日突然宇宙から飛来した塩化ナトリウムの結晶の柱の影響によって、塩に侵食され緩やかな滅亡へと向かいつつある世界。
人は塩害によって塩の柱と化し、塩漬けになっていく街で、自衛官の男・秋庭と、普通の女子高生・真奈が出会います。
常時なら決して出会うことなどなかった2人が出会い、共に暮らし、やがて愛が芽生えて―。


う〜ん、なんだかこうやってあらすじを書くと、陳腐なメロドラマみたいですね。
実際、塩害に見舞われた世界という舞台設定を除いては、わりとありがちなラブストーリーだと思います。
なんというか、ハリウッド映画の恋愛大作にありそうな。
世界の滅亡を目前にした極限状態における恋…そりゃあ燃え上がるし、適度に切ないし、ドラマになりますからね。
10歳も歳下の女子高生に翻弄されっぱなしの素直じゃない男に、心に傷を負いながらも健気に恋する、男にとってはちょっと面倒くさい女、と、主役カップルの設定もバッチリ。
2人それぞれの揺れ動く恋心や相手への優しい眼差しや言葉や…そういった繊細な描写のひとつひとつが何やらくすぐったくてにやけてしまいます。
塩まみれの世界なのに甘いとは、これいかに。
甘〜〜〜いラブコメ全開なので、そういうのが好きな人は絶対ハマること間違いなしです。


とは言えただ甘いだけじゃなく、塩害についても世界滅亡の危機についても、けっこうきちんと掘り下げて描かれています。
ちょっと読むのがつらいような場面もあるし、特に序盤は泣ける部分も多いです。
自衛隊の世界もなかなか興味深く、読みどころたくさん。
秋庭の旧友・入江や、真奈を助けてくれる自衛隊の野坂夫妻など、脇を固めるキャラクターたちも皆個性的です。
でもやっぱりこの作品は「愛」なんですよね。
世界を救うためとか、人類を救うためとか、正義のためとか、そんなもののために男は命を捨てはしない。
たとえ自衛官であっても。
では何のためになら命を賭けられるのか。
もう予測がついちゃうだろうから書いちゃいますが、それはもちろん好きな女を守るため。
愛する人に死なれたくない、大義名分などなく、ただ純粋で自分勝手なその想いだけで行動したら、結果的に世界を救っちゃいました。
この作品はそういうお話。
誰が何と言おうと、「愛は地球を救う」のです。
うん、やっぱりハリウッド映画っぽいなぁ。


もともとライトノベルレーベルの作品なので文体が適度に軽くて読みやすく、読後感も良好。
恋はご無沙汰という人も、現在進行形で恋の真っ只中という人も、恋に恋してる状態の人も、きっと「恋愛っていいなぁ」と思うこと間違いなしです。
さらに番外編が本編以上によかったなぁ。
個人的に野坂夫妻の馴れ初め話が好きです。
小説としては日本上空に存在が確認された謎の生命体をめぐる話『空の中』の方がワクワクさせられて楽しかったけど、甘甘ラブコメも悪くないなぁ。
☆4つ。