tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『絶唱』湊かなえ

絶唱 (新潮文庫)

絶唱 (新潮文庫)


五歳のとき双子の妹・毬絵は死んだ。生き残ったのは姉の雪絵──。奪われた人生を取り戻すため、わたしは今、あの場所に向かう(「楽園」)。思い出すのはいつも、最後に見たあの人の顔、取り消せない自分の言葉、守れなかった小さな命。あの日に今も、囚われている(「約束」)。誰にも言えない秘密を抱え、四人が辿り着いた南洋の島。ここからまた、物語は動き始める。喪失と再生を描く号泣ミステリー。

紹介文や帯などに「号泣」だの「感動」だのといった文句が入っていると、身構えてしまって実際にはあまり泣けないことも多いのですが、本作には泣かされてしまいました。
デビュー作『告白』のインパクトのせいで「イヤミス」のイメージが強かった湊さんですが、もうそんなイメージもかなり薄れてきましたね。
本作には嫌な気分になる要素は少なく、ミステリ色も薄いですが、作者本人が実際に体験したであろうと推察されるできごとが描かれていて、説得力のある「感動」を味わうことができました。


本作に収録されている「楽園」と「約束」の2話については、「Story Seller」という新潮社のアンソロジーシリーズに収録された時にすでに読んでいました。
この2話が関連性を持つ話だということに気づいてはいましたが、どう関連しているのかがこの2話だけではよくわからず、「太陽」と「絶唱」の2話を追加した本作を読むことでようやく物語の全体像をつかむことができ、こういう話だったのかと何年か越しで伏線を回収した気分でした。
それぞれ独立した別の短編として読むこともできますが、やはり4話まとめて大きなひとつの物語として読んだ方が、強く心を動かされたように思います。
各話の主人公たちはみな日本人女性ですが、物語の舞台となるのはトンガという南太平洋の島国です。
ここに国際ボランティア隊の一員としてやってきた高校教師や、現地でゲストハウスを営む人、そして彼女らとさまざまな形で関わりを持つ人たちが登場して物語が進んでいきます。
そして、各話の主人公に共通するのが、阪神・淡路大震災の被災者であるということです。
もちろん被災の度合いはそれぞれ異なります。
肉親を失った人、友人を失った人、住まいを失い避難所生活を余儀なくされた人。
そのどれもが、心に深い傷を残す体験だったであろうことは間違いありません。
被災から何年も経って彼女たちが訪れることになるトンガが、その心の傷を癒す一助となる場所であるということも。
けれども、読者としては疑問に思うはずです、「なぜトンガなのか?」と。


その答えは最終話であり表題作の「絶唱」を読めばわかります。
そしてその答えこそが、本作の最大のテーマなのです。
湊かなえさんのプロフィールを詳しくご存じの方ならもっと早くに気づくのかもしれません。
最終話の「絶唱」は、ある作家が書いた手紙という形式をとっています。
その「作家」というのが自分のことであるとは、湊さんは一言も言っておられませんし、書かれている内容も公表されている湊さんの来歴とは若干異なる部分があります。
だから、どこまでが実話で、どこからが創作なのかはわかりません。
それでも、この話が私小説であり、湊さんご自身が経験されたことに基づいて書かれているのは間違いないでしょう。
阪神・淡路大震災」と「トンガ」。
どこで結びつくのだろうと思えたこの2つが、湊さんの中では密接につながっていて、おそらくご本人の心の奥深くにそっとしまわれていたその2つにまつわる物語に触れさせてもらった。
そう気づいたときに、湊さんの作家としての覚悟にも触れられた気がして、胸がいっぱいになりました。


あまりにも衝撃的で強烈な体験をすると、その体験について語れるようになるのに何年もかかることがある。
湊さんにとっては20年の歳月が必要だったんだなと思いました。
本作の登場人物たちが得た救済と癒しを、湊さんも本作を書くことで得られていればいいなと、思わずにはいられませんでした。
☆5つ。