tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『薄紅天女』荻原規子

薄紅天女 上 (徳間文庫)

薄紅天女 上 (徳間文庫)


薄紅天女 下 (徳間文庫)

薄紅天女 下 (徳間文庫)


東の坂東の地で、阿高と、同い年の叔父藤太は双子のように十七まで育った。だがある夜、蝦夷たちが来て阿高に告げた…あなたは私たちの巫女、火の女神チキサニの生まれ変わりだ、と。母の面影に惹かれ蝦夷の地へ去った阿高を追う藤太たちが見たものは…?“闇”の女神が地上に残した最後の勾玉を受け継いだ少年の数奇な運命を描く、日本のファンタジーの金字塔「勾玉三部作」第三巻。

勾玉三部作」の最終巻。
前作、前々作で描かれた神々の支配の時代からさらに時は進み、帝を中心とする皇(すめらぎ)の権力が東北の蝦夷族とぶつかり合う時代に。
恋愛色の強かった前作『白鳥異伝』とは打って変わって政治的な色合いが濃くなり、強い人間臭さが感じられる作品になりました。


都が平城京長岡京→平安京へと移り変わっていく頃の日本。
都を移すのは、国が落ち着かないから。
この作品は、そんな激動の時代に運命を翻弄された人々の物語です。
2部構成の物語の第1部で語られるのは、武蔵に住む4人の若者の物語。
叔父と甥という関係でありながら、双子のように共に育ち「二連」と呼ばれた藤太と阿高。
ある日自らの出生の秘密を知り、はるかな蝦夷の地へと旅立った阿高は、闇の女神が残した最後の勾玉を継いで、都にはびこる怨霊退治に向かうことに…。
そして第2部ではその都の中央、宮に住まう帝の内親王・苑上(そのえ)が宮を飛び出し、阿高たちと出会い、再び都へ戻ってきて怨霊の正体と対峙するまでを描いています。


今回は前2作以上に登場人物たちに感情移入しやすく感じました。
藤太と阿高、そして彼らと共に育った2人の若者たちが数奇な運命のもとに旅に出るという筋書きは、冒険小説の王道で馴染みやすく、やんちゃながら優しさと思いやりと勇気を持った若者たちの魅力にどんどん引き込まれていきます。
一方で内親王という立場、女であるということに息詰まるものを感じている苑上の心情は、現代の女性にも十分に共感の持てるものだと思いました。
宮の奥からめったに出ない彼女が外の世界へ飛び出し、過酷な旅やさまざまな人々との出会いを通じてひとりの女性として成長していく姿は青春小説の王道ですね。
もちろん恋愛小説としての側面もありで、そうしたいろんな要素が一気に楽しめるのがこのシリーズの最大の魅力なのではないかと思います。
ラスト近く、苑上が阿高についていきたいと望みながらも自らの立場を考えて思いとどまる場面は、思わず涙しました。


また、今作は歴史の教科書でおなじみの実在の人物が多数登場するのも特徴。
苑上の父は桓武天皇、兄の皇太子(ひつぎのみこ)は安殿(あての)皇子(後の平城天皇)。
坂上田村麻呂藤原仲成・薬子といった人物もストーリー上の重要な位置を占めています。
思わずネットで検索をかけて、これらの人物をいろいろと調べてしまいました。
藤原薬子と安殿皇子が恋仲というのは史実通りなのですね。
実際の歴史に沿ったストーリーで、これまで以上に読み応えがありました。
日本史に対する興味をくすぐる一方で、ファンタジーはファンタジーなので歴史音痴にも読みやすいのがうれしいところです。


古代から始まった壮大な勾玉伝説のクライマックスにふさわしい物語でした。
シリーズ3作を通してとても楽しく読めたことが何よりもうれしいです。
☆5つ。