tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)


「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作。

いやもう…京都にある程度の期間住んだことがある人(もちろん現在進行形の人も含めて)、京都で大学生活を送った人なら、上記のあらすじを読むだけでワクワクしてくるでしょ?
他にも出町柳烏丸御池四条河原町、三条木屋町、百万篇、吉田神社、六地蔵などなど、京都の地名がたくさん登場します。
これらの地名を見て景色を思い浮かべられる人ならきっと楽しめること間違いなし。
懐古調というのでしょうか、独特の文体や、「しかしどっこい生きている!」「恥を知れ!!しかるのち死ね!!」といった個性的な言い回しも、舞台が京都だからこそよく合っていると思います。
さらには一癖も二癖もある個性的な登場人物に、荒唐無稽とも言える現実とファンタジーが入り混じった物語。
かなり「変わった」作品であることは確かです。
合わない人はきっととことん合わないと思います。
でも…合えばハマりますね。
私は世界観も文体も含めて全部大好きです。


ストーリーは意外にシンプルで、大学のサークルの後輩である黒髪の乙女に一目惚れした「先輩」が「彼女」をひたすら追いかける、ただそれだけの話です。
それだけなのですが、途中で奇想天外な事件が起こったり、怪しい人物が登場したりするところが面白いのです。
京都の四季を追った全4章の作品の中でも、私が特に気に入ったのは第3章の秋の話でした。
「彼女」と「先輩」が通う大学で行われた学園祭が舞台となっており、ゲリラ演劇や変なネーミングの食べ物を売る模擬店や怪しげな展示が次から次に登場します。
この大学の名前ははっきりとは書かれていませんが、京都大学であることはまず間違いないところです(作者も京大出身ですし)。
どうも京大には「ヘンな人が多い大学」というイメージがあります。
私の大学時代のバイト仲間には京大生が多かったのですが、かなりの個性派揃いでした。
高校の同級生で京大に進学した子もいましたが…彼女もちょっと変わり者だったなぁ。
もちろん学業成績はずば抜けていましたけどね。
ウェディングドレスなどの個性的な衣装で卒業生が出席する卒業式の様子は、ニュースなどでも取り上げられて有名ですよね。
そういえば「ヘンな会社」とよく言われる「はてな」の近藤社長も京大出身でした。
そういう京大のイメージが、この作品で描かれている学園祭のハチャメチャぶりにぴったりハマるのです。
京大ならこんな変な学園祭をやっていても不思議ではない、という妙なリアリティが楽しかったです。
同時に、私自身の大学時代の学祭期間のあの独特な雰囲気も思い出して、とても懐かしい気持ちになりました。


登場人物の中では、自称天狗の樋口さんがお気に入りです。
もちろん、妄想炸裂の「先輩」も、どことなくピントがずれている「彼女」も、初々しさが微笑ましくて大好きです。
「詭弁踊り」「おともだちパンチ」「偽電気ブラン」などの、「なんだそりゃ?」と突っ込みたくなるような物事も面白いですし、現実からいきなりファンタジーの世界へ突入していくところは「千と千尋の神隠し」以降の宮崎駿監督作品の雰囲気とどことなく似ています。
ラストは幸せな空気がいっぱいで、とても爽やかで気持ちのよい読後感を味わうことができました。
解説代わりの羽海野チカさんによるイラストも可愛らしくて素敵でした。
今年最後に読めたのがこんな楽しい作品でよかった。
☆5つ。


そうそう、森見登美彦さんははてなダイアリーで日記を書かれています(id:Tomio)。
こちらも独特の文体で楽しいですよ。