tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『殺人症候群』貫井徳郎

殺人症候群 (双葉文庫)

殺人症候群 (双葉文庫)


警視庁人事二課の環敬吾が率いる影の特殊工作チームは、現代の必殺仕置人らしく、また鮮やかに悪を葬り去るはずであった。しかし今回の彼らの標的は、被害者の遺族に代わって復讐を果たそうとする「殺人者」であった。「症候群シリーズ」の掉尾を飾る問題作!

「症候群シリーズ」最終巻。
やっぱり秋の夜長にはボリューム満点のミステリですね〜。
続きが気になって気になってなかなかしおりを挟めませんでした。
おかげで今週はずっと寝不足でした(^_^;)


貫井さんの作品にしてはエンターテイメント性高め?と、1作目の『失踪症候群』では思っていたのですが、2作目の『誘拐症候群』からテーマが重くなり、この『殺人症候群』はすっかりいつもの貫井さんらしい重厚な大作となりました。
今回は「正義のための殺人は許されるのか」というのがテーマ。
環率いる特殊捜査チームが追うのは、未成年であったり精神障害者であったりしたために、罪の重さに見合った裁きを受けることなく社会に戻ってきた殺人犯たちに、被害者や遺族に代わって復讐を請け負う「職業殺人者」。
被害者の遺族たちは耐え切れない苦痛を味わい絶望の底からなかなか這い上がれないでいる一方、何の罪もない被害者の命を奪いながら法によって保護される加害者たち。
その矛盾を解消するために社会が動いてくれないのなら、この手で彼らに正当な裁きを与えよう、そうすることが被害者の遺族が救われる唯一の方法であり、反省することもない「害虫」を駆除することは、社会にとっても役立つことなのだから。
そういう一見筋が通っているようで、素直に共感することは難しい理論で次々に標的を殺していく「職業殺人者」。
以前別の本の感想でも書きましたが、私は復讐=私刑は許されないことだと思っています。
この作品を読んでもその考えは変わりませんでした。
ですが、自分の大切な人がもし殺されたら、残酷な犯罪に巻き込まれたら、それでも復讐はダメだと言っていられるかどうかは正直よく分かりません。
ただ、現在の日本の刑法や少年法が、加害者の更生ばかりを目的として、被害者の立場に立った視点がほとんど欠けているのは確かだと思います。
そんな現状に犯罪被害者や遺族が不満や怒りを覚えるのも当然のことでしょう。
でもやっぱり復讐は…と思うのです。
「やられたらやり返す」が正しいことになってしまっては、殺し合いが永遠に続くことにもなりかねないからです。
そんなことをしても亡くなった人は決して帰っては来ない。
復讐を遂げれば殺された人が浮かばれるのかどうかも分からない。
被害者側が加害者側に転じるというのも、たとえそれが被害者側が望んだことであっても、また新たな悲劇だと思うのです。
この作品でも「正義のため」と信じて復讐の依頼を受ける女性・響子も、実際に復讐を実行する「職業殺人者」・渉も、自分たちの望むことをしていながら、その姿は痛々しく悲しいようにしか見えないのです。
罪を罪で裁くというのは、やはり到底許容できるようなものではありません。
それではどうしたら犯罪被害者たちを救うことができるのかと、考え込まずにはいられませんが。


一方で、「職業殺人者」の物語と並行して、鏑木という刑事が追うもう一つの事件が語られます。
こちらは心臓移植でしか助かる見込みのない心臓疾患を抱えた息子のために、脳死者を作り出すためドナーカードを持った「標的」を交通事故に遭わせる看護婦が描かれます。
この看護婦にも同情すべきところもあるものの、完全に個人的な都合による、罪のない人を殺すやり方には気分が悪くなります。
「職業殺人者」も同じことですが、どんな理由があれ殺人は殺人。
当然のように結末は悲惨で後味はとても悪いです。
ですがそんな中でも、「職業殺人者」・渉が最後の最後に選んだ道だけはわずかに救いのように感じられました。


この後味の悪い読後感は好き嫌いが分かれるところだと思いますが、私はけっこう好きです。
ミステリ的にも一つ、大きな仕掛けがあります。
1作目・2作目から伏線が張られていた環チームのメンバーの1人・倉持の過去も明かされ、シリーズ完結編として十二分に楽しませてくれました。
環自身の過去が明らかになっていないとか、若干謎が残ってしまった部分もありますが、それは些細なことだと思います。
☆5つ。
なんだか貫井さんのデビュー作『慟哭』を読み返したくなっちゃったなぁ。
明日探してみよう…。