tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『青空の卵』坂木司

青空の卵 (創元推理文庫)

青空の卵 (創元推理文庫)


僕、坂木司には一風変わった友人がいる。自称ひきこもりの鳥井真一だ。複雑な生い立ちから心を閉ざしがちな彼を外の世界に連れ出そうと、僕は日夜頑張っている。料理が趣味の鳥井の食卓で、僕は身近に起こった様々な謎を問いかける。鋭い観察眼を持つ鳥井は、どんな真実を描き出すのか。謎を解き、人と出会うことによってもたらされる二人の成長を描いた感動の著者デビュー作。

一風変わった日常の謎ミステリです。
何が変わっているって、探偵役と助手役が。
探偵役は鳥井真一という在宅のコンピュータープログラマーですが、精神に傷を抱えた引きこもりです。
ある意味現代的な探偵かもしれませんが、こんなに脆そうな探偵というのもミステリの中では珍しいのではないでしょうか。
そしてその鳥井の中学時代からの親友である、坂木司(作者と同じ名前ですね)が助手役なのですが、彼はその生活の全てを鳥井に捧げていると言っても過言ではありません。
鳥井の心の病に付き合い、面倒を見るために、時間の融通の利く外資系保険会社の営業を仕事に選び、彼の近所に住み、毎日彼の家に通いつめているのです。
そして二人は精神的にお互いに依存しきっています。
お互いに、お互いがいなければ生きていけないのです。
ちょっとこれはもはや親友の域を超えて肉親か、もしくは恋人同士の域…?
この二人の関係を受け入れられるかどうかが、この作品を好きになれるかどうかのポイントになるような気がします。
私はこういうのも、まあちょっと現実離れしているかもしれないけれど、ありかなしかで言えばありではないかなぁと思いました。
二人ともお互いの傷や弱さや感情に敏感で、思いやりを持っているのがよいですね。
特に坂木の優しさと感受性の豊かさが好きです。
坂木は男性ですが、泣いてばかりいます。
確かにちょっと「女々しい」かもしれないですが、私は坂木の涙を美しいと思いました。
女性や子どもや障害者など、社会的弱者の苦しみに目を向け、人間の心の機微に触れて感動し、大切な人の気持ちを慮っての涙だからです。
一体誰が「男は泣いてはいけない」などと言ったのでしょう?
弱い者や傷ついている者、虐げられている者に対して優しい眼差しと思いやりと救いの手を差し伸べる勇気を持つ人こそ、本当に強い人と言えるのだなと思いました。
坂木だけではなく、この作品に登場する人物たちは、ちょっとお騒がせで迷惑な人もいますが、基本的には人を思いやる心を持った優しい人々ばかりです。
だからか、登場人物には圧倒的に男性が多いのに、男性的な感じがほとんどなく、優しくあたたかな雰囲気で、読んでいて心が癒されました。
何より、乱暴じゃなく偉そうでもない、素直に「ごめんなさい」が言えて人に優しい、こんな男性もいるということが私にはうれしかったです。
世の中こんな人たちばかりだったらどんなにいいだろう…と思わずにはいられませんでした。
作者の坂木司さんは覆面作家で全くプロフィールを明かしておられないようですが、男性なのでしょうか?
男性がこういう作品を書かれたのだったら、うれしいなぁ。
とかく外国の人たちから悪いイメージ(乱暴で横柄で女性と子どもを大事にしない…)を持たれがちな日本人男性も捨てたもんじゃないって、思えるから。
逆に作者が女性で、女性ゆえの男性に対する幻想が描かれているのであれば、ちょっと悲しいです。
…でも、作者の性別にこだわる読み方はかなり無粋ですよね。
「男性作家の書き方は〜」「女性作家の書き方は〜」という読み方をする時点で、思い込みや固定観念に囚われすぎていて、いろんなこと読み落としていそうだから。


ミステリとしてはちょっとパンチ不足かも。
でもその分は作品中に満ち溢れる優しさとあたたかさで十分埋め合わせができていると思います。
それに、鳥井の作るおいしそうな料理や、全国各地の銘菓の数々の描写もよいアクセントになっています。
加納朋子さんや北村薫さんの作品が好きな人ならきっと気に入るはず。
辛い時、傷ついた時、道に迷いそうな時、きっとまた私はこの本を開くことになるでしょう。
ミステリとしてではなく、男同士の不思議な関係(これが後のシリーズで恋愛に発展してしまったらちょっと嫌ですが<私BLダメなんですっ!)と優しさを味わう作品として読むことをお勧めします。
☆4つ。
最後に、一番好きな箇所を引用します。

親になるというのは、お金や責任もあるけれど、なにより、自分よりも幸せにしたい人間ができることなのだ。それはきっと、国や人種を問わない。世界中の親は、子供を想ってこうつぶやくだろう。


「幸せに、おなり」


 そう考えると、自然に涙が出た。人が進歩を止めないことって、次の世代に何かを残すことって、本当はすごく単純な動機から発生しているのかもしれない。ただ、自分の時代よりも快適で、自分の社会よりも充実していて、自分の土地よりも広い場所で、お前たちが暮らせたらいい。そう考えた人々が、たくさんいたからこそ、今があるんだ。
 僕たちは、みんな誰かの愛の上に立っている。


『青空の卵』355ページ 3〜11行目