tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2021年9月の注目文庫化情報


9月です、読書の秋です!
そしてこのラインナップ……さすが各出版社さんわかってる!と言わずにはいられませんね。
そう、秋の夜長はミステリですよ。
ひさしぶりの「ガリレオ」シリーズ『沈黙のパレード』をはじめ、ミステリの話題作が並んでいて胸が躍ります。
本当に楽しみ。
その前にまずは今積んでいる本を読み進めないといけませんが、楽しみが待っているのはいいことです。
どんどん読んでいきたいと思います!

『スケルトン・キー』道尾秀介


19歳の坂木錠也(さかき じょうや)は、ある雑誌の追跡潜入調査を手伝っている。
危険な仕事ばかりだが、生まれつき恐怖という感情が欠如した錠也にとっては天職のようなものだ。
天涯孤独の身の上で、顔も知らぬ母から託されたのは、謎めいた銅製のキーただ1つ。
ある日、児童養護施設時代の友達が錠也の出生の秘密を彼に教える。
それは衝動的な殺人の連鎖を引き起こして……。
二度読み必至のノンストップ・ミステリ!

これはまたネタバレなしに感想を書くのが難しい作品ですね。
道尾さんの作品はそういうのが多くて、慣れてはいるのですが。
どこまでストーリーに触れるか悩みつつ、頑張ってネタバレしないように書いてみます。


あらすじは上記の引用 (文庫本の裏表紙に載っているものです) に任せるとして。
本作の主人公である坂木錠也は児童養護施設の出身で、いわゆる「サイコパス」です。
映画や小説などのフィクションの影響で、サイコパスというと恐ろしい殺人者……といったイメージを持たれていることもあるかと思いますが、本作では「恐怖を感じない人」という説明がなされています。
恐怖を感じない、緊張しないから、普通の人にはできないような大胆な行動や決断ができる。
そうした特性を生かして、ビジネスの世界で経営者として大成功を収めている人もいる、ということです。
緊張しやすい私とはまったくの真逆の人、それがサイコパスなんだなという理解をしました。
また、サイコパスの人は恐怖を感じず緊張しないので、心拍数が上がりにくい、発汗しにくい、といった生理的な特徴もあるとのことで、主人公の錠也は心拍数が上がる副作用を持つ薬を服用して自分のサイコパス性を抑えようとしています。
そうした生理的な特徴も物語の伏線として利用されており、道尾さんがかなり詳細にサイコパスについて調べ、理解を深めた上で本作の執筆にとりかかられたのだろうことが伝わってきます。
私としても本作を読むことで、今まであまり知ることのなかったサイコパスについて理解することができ、興味もわいてきました。


そんなサイコパスが主人公の物語だからか、他の道尾作品と比べると暴力描写が多く、錠也が恐怖を感じないのとは対照的に、読者としては頻繁に恐ろしさを感じることになります。
途中から一気に暴力性が増し、不安感と恐怖感が高まったところで、ある「仕掛け」が炸裂し、意外な事実が明らかになって驚かされることになりました。
この「仕掛け」、ミステリとしては禁じ手っぽいというか、反則すれすれのアンフェア感があるのは否めません。
それでも、主人公がサイコパスという設定を生かしつつ物語をくるりと反転させてしまう力技に感心しました。
サイコパスを描くために、意外性と驚きを演出するために、あえてミステリ的にズルいネタを使う大胆さこそサイコパス的ではないかとも思います。
そうした過程があるからこそ、一転して感傷的な結末も非常に印象的でした。
決して読後感がいいとは言えないのですが、予想外に切ない気持ちになり、サイコパスの印象も少し変わった気がします。


帯には「ダークミステリ」とあって、確かにダークではあるのですが、明るい部分がないわけではありません。
道尾さんは光と影の描写が非常にうまい作家さんですが、その才能は本作でも大いに発揮されていました。
ミステリというよりは、サイコパスの物語として、興味と好奇心をかきたてられる作品です。
☆4つ。

『本と鍵の季節』米澤穂信


堀川次郎、高校二年で図書委員。不人気な図書室で同じ委員会の松倉詩門と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、本には縁がなさそうだったが、話してみると快活でよく笑い、ほどよく皮肉屋のいいやつだ。彼と付き合うようになってから、なぜかおかしなことに関わることが増えた。開かずの金庫、テスト問題の窃盗、亡くなった先輩が読んだ最後の本──青春図書室ミステリー開幕!!

米澤穂信さんの青春ミステリ作品はいつもどこかほろ苦い。
さよなら妖精』『真実の10メートル手前』『王とサーカス』の「太刀洗万智」シリーズも、『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』などの「古典部」シリーズも、『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』の「小市民」シリーズも。
新たなシリーズの開幕となる本作も、例外ではありませんでした。


ですが、本作の場合は「ほろ苦い」を超えて痛みすら感じるような読み心地です。
本作は6つの作品からなる連作短編集ですが、最初のエピソード「913」からもう痛くてつらい。
同じ高校で図書委員を務める堀川と松倉が、図書委員の先輩の家に招かれ、先輩の亡くなったおじいさんが遺した金庫を開けてほしいという依頼に応えるというストーリーですが、ミステリでは定番の暗号ものだと思って軽い気持ちで読んでいたら、真相に驚かされました。
堀川が女性である先輩に好感を持っていることを松倉が指摘する場面があり、いかにも青春ミステリという展開でもあっただけに、真相がわかった時のなんとも言えない嫌な味わいはまったく予想していませんでした。
どこかブラックというか、人間の嫌な部分を見せつけられたというか。
この最初の一編で、本作は「古典部」シリーズや「小市民」シリーズよりも、『満願』や『儚い羊たちの祝宴』に近いかもしれないぞ、と覚悟させられた感がありました。
その後の「ロックオンロッカー」「金曜に彼は何をしたのか」にはそれほど嫌な味わいはありませんが、「ない本」の結末にはまた痛くてつらい気持ちになりました。
この話は3年生の自殺に関わる物語で、それだけでも他の話と違う重い空気が流れているのですが、謎解きの果てに真実を明らかにすることが必ずしも正しいこととは限らず、誰かを傷つけることもあるのだということが描かれています。
謎解きを描くミステリの中で謎解きのあり方を問うようなメタ的な視点が、なんとも印象的でした。


そして、最後の「昔話を聞かせておくれよ」と「友よ知るなかれ」の2編では、松倉自身が追い求めてきた自分の父親に関する謎を堀川が協力して解いていくことになります。
最後は2人のうちの1人が当事者である謎ということで、2人と謎との距離感がぐっと縮まり、堀川と松倉の距離も縮まっているように思えました。
それだけに、ラストに漂う切なさ、寂しさが強く印象に残ります。
高校2年生というのは、かなり大人に近づいてはいるけれど、まだまだ未熟なところも多いという、微妙な年頃。
堀川も松倉もかなり頭がいい方で、それだけに大人っぽい印象がありますが、高校2年生らしい幼さもまだ残しています。
頭がいいから謎は解ける、でも謎を解いた結果何が起こるかや、その後のケアなどには気が回っていないことも多いのです。
そういうアンバランスさはこの年頃の少年を謎解き役に据えるからこそ描けるものであり、青春ミステリの醍醐味ともいえるでしょう。
古典部」シリーズとも「小市民」シリーズとも異なる味わい、異なる角度から描かれる新たな青春ミステリの誕生に、祝福の拍手を送りたくなりました。


収録作すべてに「本」と「鍵」が謎解きのキーアイテムとして登場するということで、連作短編集らしい統一感がありました。
堀川と松倉の、親友ではないがけっこうウマが合っているという関係性が絶妙で、微妙な距離があるからこそバディものとして今後シリーズ化していけそうだなぁ……と思っていたら、すでに続編の構想があるそうで。
これから米澤さんの代表シリーズのひとつに成長していくことを期待しています。
☆4つ。