tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スケルトン・キー』道尾秀介


19歳の坂木錠也(さかき じょうや)は、ある雑誌の追跡潜入調査を手伝っている。
危険な仕事ばかりだが、生まれつき恐怖という感情が欠如した錠也にとっては天職のようなものだ。
天涯孤独の身の上で、顔も知らぬ母から託されたのは、謎めいた銅製のキーただ1つ。
ある日、児童養護施設時代の友達が錠也の出生の秘密を彼に教える。
それは衝動的な殺人の連鎖を引き起こして……。
二度読み必至のノンストップ・ミステリ!

これはまたネタバレなしに感想を書くのが難しい作品ですね。
道尾さんの作品はそういうのが多くて、慣れてはいるのですが。
どこまでストーリーに触れるか悩みつつ、頑張ってネタバレしないように書いてみます。


あらすじは上記の引用 (文庫本の裏表紙に載っているものです) に任せるとして。
本作の主人公である坂木錠也は児童養護施設の出身で、いわゆる「サイコパス」です。
映画や小説などのフィクションの影響で、サイコパスというと恐ろしい殺人者……といったイメージを持たれていることもあるかと思いますが、本作では「恐怖を感じない人」という説明がなされています。
恐怖を感じない、緊張しないから、普通の人にはできないような大胆な行動や決断ができる。
そうした特性を生かして、ビジネスの世界で経営者として大成功を収めている人もいる、ということです。
緊張しやすい私とはまったくの真逆の人、それがサイコパスなんだなという理解をしました。
また、サイコパスの人は恐怖を感じず緊張しないので、心拍数が上がりにくい、発汗しにくい、といった生理的な特徴もあるとのことで、主人公の錠也は心拍数が上がる副作用を持つ薬を服用して自分のサイコパス性を抑えようとしています。
そうした生理的な特徴も物語の伏線として利用されており、道尾さんがかなり詳細にサイコパスについて調べ、理解を深めた上で本作の執筆にとりかかられたのだろうことが伝わってきます。
私としても本作を読むことで、今まであまり知ることのなかったサイコパスについて理解することができ、興味もわいてきました。


そんなサイコパスが主人公の物語だからか、他の道尾作品と比べると暴力描写が多く、錠也が恐怖を感じないのとは対照的に、読者としては頻繁に恐ろしさを感じることになります。
途中から一気に暴力性が増し、不安感と恐怖感が高まったところで、ある「仕掛け」が炸裂し、意外な事実が明らかになって驚かされることになりました。
この「仕掛け」、ミステリとしては禁じ手っぽいというか、反則すれすれのアンフェア感があるのは否めません。
それでも、主人公がサイコパスという設定を生かしつつ物語をくるりと反転させてしまう力技に感心しました。
サイコパスを描くために、意外性と驚きを演出するために、あえてミステリ的にズルいネタを使う大胆さこそサイコパス的ではないかとも思います。
そうした過程があるからこそ、一転して感傷的な結末も非常に印象的でした。
決して読後感がいいとは言えないのですが、予想外に切ない気持ちになり、サイコパスの印象も少し変わった気がします。


帯には「ダークミステリ」とあって、確かにダークではあるのですが、明るい部分がないわけではありません。
道尾さんは光と影の描写が非常にうまい作家さんですが、その才能は本作でも大いに発揮されていました。
ミステリというよりは、サイコパスの物語として、興味と好奇心をかきたてられる作品です。
☆4つ。