tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『私は存在が空気』中田永一

私は存在が空気 (祥伝社文庫)

私は存在が空気 (祥伝社文庫)


ある理由から存在感を消せるようになった高校生、鈴木伊織。彼女を認識できるのは、友人の春日部さやかだけ。けれど、さやかと話すうちに、伊織はバスケ部で人気の上条先輩のことが気になりだした。ついにはその“体質”を活かし、彼の後をつけ始め…(表題作)
普通じゃない超能力者たちの恋。それは切なくて、おかしくて、温かい。名手が紡ぐ、優しさ溢れる六つの恋物語

超能力 (というほどではない特殊能力も含む) を持った人々の恋模様を描いた短編集です。
中田永一さんらしい、切なくもあたたかい物語を満喫できました。
それでは収録作品ごとの感想を。


「少年ジャンパー」
自分が行ったことのある場所ならどこへでも瞬間移動ができるという能力を持った、ひきこもりの男子高校生が主人公です。
瞬間移動は便利さがイメージしやすく、この短編集に収録の作品に描かれている特殊能力の中でも一番うらやましく、自分もほしいと思いました。
主人公は先輩女子と友達になり、彼女の願いに応えて瞬間移動でいろいろなところへ彼女を連れていきます。
そのうちにひきこもりとは思えない行動力を発揮して、ついには行けるはずもなかった場所へも行ってしまうのですが、これこそ恋心のなせる業だなと微笑ましくなりました。
切ないけれど前向きなラストもよかったです。


「私は存在が空気」
自分の存在感を自在に消せる女子高生の話です。
存在感を消すという能力を持つに至った過程が悲しいのですが、その能力のおかげで前向きに生きる彼女が頼もしく感じられました。
また、本作はミステリ的な手法が取り入れられています。
途中の思わぬ展開に驚かされましたが、これぞ中田さんらしい作品といえ、表題作に選ばれたのも納得の一作です。


「恋する交差点」
わずか6ページという短さのショートショートですが、とても印象的な話でした。
彼氏と手をつないでスクランブル交差点を渡ろうとすると、必ず途中で彼と手がはなれて、気がつくと他の人の手首をつかんでいる、という女性の話なのですが、これは超能力とはちょっと違うような……。
そもそも本人はこの能力 (?) を自らの意志で発揮しているわけでもなく、望んでもいません。
不思議な話でしたが、最後は幸せな感じで読後感がよかったです。


「スモールライト・アドベンチャー
タイトルに入っている「スモールライト」はご存知のとおり、あの国民的ネコ型ロボットアニメに登場するふしぎ道具のひとつであるアレです。
宅配便で届いたスモールライトの光を浴びて身体が小さくなってしまった小学生の男の子が、誘拐された同級生の女の子を助けるために大活躍するという痛快な物語でした。
これも超能力ではないですね。
主人公と共に頑張る犬がかわいいです。


ファイアスターター湯川さん」
この作品に登場する湯川さんという女性が一番「超能力者」っぽいでしょうか。
彼女はパイロキネシスと呼ばれる、火を発生させることができる超能力者です。
宮部みゆきさんの『クロスファイア』を思い出しました。
最初のうちはパイロキネシスの日常を描く話かと思いきや、終盤はまるでアクション映画のような展開に。
血なまぐさい場面も登場しますが、ラストの切ない余韻はさすがです。


「サイキック人生」
透明な腕を伸ばして離れた場所にあるものに触れたり動かしたりできるという、テレキネシスサイコキネシスと呼ばれる能力を持った女子高生の物語です。
一族に代々受け継がれるこの能力は人に知られてはならないものなのですが、主人公は能力を使って学校の教室内で「心霊現象」を起こし、霊感少女として有名になります。
「心霊現象」はお遊びというかいたずらみたいなものですが、人助けにも使えてなかなかいい能力だなと思いました。
これまた最後のシーンがとてもよかったです。


超能力や特殊能力といったエッセンスが加わることによって、ただの恋愛小説ではない遊び心の感じられる物語ばかりで楽しい作品集でした。
浅野いにおさんによる表紙イラストもいいですね。
☆4つ。