tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『教団X』中村文則

教団X (集英社文庫)

教団X (集英社文庫)


突然自分の前から姿を消した女性を探し、楢崎が辿り着いたのは、奇妙な老人を中心とした宗教団体、そして彼らと敵対する、性の解放を謳う謎のカルト教団だった。二人のカリスマの間で蠢く、悦楽と革命への誘惑。四人の男女の運命が絡まり合い、やがて教団は暴走し、この国を根幹から揺さぶり始める。神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、光とは何か。著者の最長にして最高傑作。

又吉直樹さんや西加奈子さんが絶賛し、テレビなどでも取り上げられたことで一躍ベストセラーになった話題作が文庫化されたので読んでみました。
文章は読みやすかったし、面白い部分がなかったわけではないのですが、なんとも評価のしづらい作品ですね。
ストーリーはつかみどころがあるようなないような、という感じで、作者が何を書こうとしているのかがなかなか見えてこないのですが、宗教と量子力学宇宙論を絡めた薀蓄が興味深く読ませますし、教団Xを巡る不穏さに、一体何が起こるのだろうかという興味も引かれるため、リーダビリティは高い方ではないかと思います。
そうかと思えば単調な上に冗長な性描写にはうんざりさせられます。
個人的には、女性視点で書かれているパートでも、性描写に関しては男性目線寄り (作者が男性なので仕方がないのかもしれませんが……) なのが気持ち悪くて苦痛でした。
それでも読み終わってみるとそれほど不快感も悪印象もなくて、なんとなくそれなりに面白かったと思えて、なんとも不思議な読後感でした。


正直なところ、この作品を正しく解釈できたかどうかは全く自信がないのですが、私がこの作品から読み取ったのは、人間がいかに弱く頼りない存在であるかということでした。
タイトルが示す通り、本作はあるふたつの宗教団体とその宗教に集う人々を描いています。
松尾という資産家の老人が率いる団体は、実のところそれほど宗教儀式的なものはやっておらず、あまり宗教という感じはしないのですが、それでも松尾の演説内容やその思想に惹かれて大勢の人が集まってくるさまは、傍から見ればやはり宗教だと思えるでしょう。
それに対し、サイコパスっぽいところのある沢渡を教祖とする教団は、まさにカルト新興宗教そのものです。
性格は全く異なるふたつの団体ですが、どちらもそれを必要とする人を大勢集めているのは、人間が根本的に弱い存在で、その弱さに種類があるからではないかなと思いました。
人間の悩みはさまざまです。
本作の登場人物を見ても、たとえば性についての悩みを抱えている人もいれば、幼い頃に経験したことによるトラウマを抱えている人もいる。
全く悩みのない人などほとんどいないでしょうし、思い悩んだりあれこれ考えたりするのが人間らしさと言ってもいいかもしれません。
そうした悩み迷いながら生きている人にとっての受け皿の一つが宗教なんだなと、今さらのように確認させられました。
他人から見れば理解できないような宗教であっても、それを間違いなく必要とする人がいるからこそ宗教は存在する。
古来から脈々と続いてきた宗教もあれば、時代にあわせて新しく生まれ消えていく宗教もある。
宗教は人間そのものを表すものなのかもしれないな……などと思いました。


そして、もう一つ本作の最初から最後までずっと通して感じたのは、善と悪との曖昧さでした。
本作には一般的には不道徳とされるようなことがいくつか描かれています。
ですが、それを悪だと明快に糾弾するようなことは、最後まで読んでも一切書かれていません。
さらに、沢渡を教祖とする教団はテロを起こしますが、そのテロすらも、明確に悪としては描かれていないように感じました。
それどころかその教団が、たとえばオウム真理教のような凶悪な集団かというとそうではなく、国家や公安といった権力の方が悪に感じられてくるぐらいです。
ただその点についても誰が悪で誰が善かといったような二元論的な描き方はされておらず、そのために余計善悪の区別が曖昧になって、少し混乱するところもありました。
本作が「何が言いたいのかよく分からない」という印象になりがちなのは、この善悪の曖昧さにあるように思います。
テロは明らかに犯罪で、本来「悪いこと」のはずなのですが、本作からは悪が感じられないためになんだかぼんやりした印象のできごとになっています。
沢渡の過去もサイコパス的でこれまた明らかに犯罪なのですが、これも断罪されている感じはありません。
それは、かなりのページ数が割かれている戦争についての記述においても同じです。
ですからどうしても戸惑ってしまうし、不快感を感じたりもしますが、もしかすると光の当て方を変えれば影の向きが変わるように、善と悪も見方によって定義が変わるのかもしれないと思えてきます。
悪だと普段自分が思っていることが断罪されないからカタルシスが感じられないし、自分の価値観がぐらつくような不安感を覚えさせる小説だなと感じました。


そんな不安定な物語ですが、ラストの松尾の妻による演説は妙にポジティブで、その部分だけは救いがあるように感じました。
人間は弱いし、時に過ちを犯したりすることもあるけれど、それでも生きていこうというのが唯一本作におけるはっきりとしたメッセージだと受け取りました。
普段私が読む作品のどれとも毛色が違っていて、ミステリや恋愛小説といったジャンルの枠にも入りませんが、たまにはこんな読書も悪くないなと思えました。
☆4つ。