tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『光』道尾秀介

光 (光文社文庫)

光 (光文社文庫)


利一が小学生だった頃、仲間といれば毎日が冒険だった。真っ赤に染まった川の謎と、湖の人魚伝説。偽化石づくりの大作戦と、洞窟に潜む殺意との対決。心に芽生えた小さな恋は、誰にも言えなかった。懐かしいあの頃の記憶は、心からあふれ出し、大切な人に受け渡される―。子どもがもつ特別な時間と空間を描き出し、記憶と夢を揺さぶる、切なく眩い傑作長編小説。

道尾さんの作品には闇を描く作品も多いですが、この作品のように光を描く作品もあります。
タイトルそのままの『光』は、ノスタルジーたっぷりのとてもあたたかく明るい物語で、とても楽しく読みました。
道尾さんの「明るい」作品群の中では、これが一番好きかもしれません。


本作の好きなところは、何と言っても登場人物。
主人公が小4の子どもなので、メインの登場人物は子どもが多いのですが、大人も個性的で魅力的な人物がたくさん描かれていました。
私の一番のお気に入りは、主人公・利一の友達のひとり、清孝の祖母である「キュウリー夫人」です。
犬とケンカしたり、入院中の病院から脱走したりと、なんともパワフル。
子どもにも甘くありませんが、決して冷たく意地悪なおばあちゃんではなく、ちゃんと彼女なりの愛情を清孝をはじめとする子どもたちに注いでいます。
「キュウリー夫人」というあだ名が、いかにも小学生がつけるあだ名っぽいのがまたいいなぁと思います。
あだ名をつけられるというのはそれだけ子どもに親しまれているということですし、「キュウリ」っぽいということから体型も分かりやすく、こんな感じの人かなぁとあれこれ想像するのが楽しかったです。


子どもたちも、利一に慎司、宏樹に清孝、そして慎司の姉・悦子と、個性的な顔ぶれです。
やんちゃな子がいたり、お金持ちで見栄っ張りな子がいたり、我慢強く大人びた子がいたり。
彼らが一緒に遊んだり、悪だくみをしたり、探検をしてみたりする様子は、なんとなく「ドラえもん」っぽい感じもします。
塾だのなんだのという話も出てはきますが、子ども時代にしか体験できないことをめいっぱい楽しんでいるという雰囲気がとてもいいなと思いました。
利一が悦子を異性として意識し始める(まだ恋と言えるほどのものではありませんが)様子も、思春期に近づき始めた年頃の少年の微妙な心情がありありと伝わってきて、こちらまでこそばゆい気持ちにさせられました。


こういう年代の子どもたちが主役だからこそ、「光」という主題も際立つように思えます。
もちろん大人に「光」がないというわけではありませんが、多くの大人にとって、楽しく遊んだり学んだりしながら成長した子ども時代こそが、「光」のイメージの記憶になっているのではないでしょうか。
利一たちも、さまざまな体験をする中で、いろんな形の「光」と出会い、心に刻んでいきます。
本作の文章は、大人になった利一が子ども時代を回想しているという体裁で書かれていますが、「光」とともに記憶されている思い出だからこそ、読み手にとって「光」を感じられる作品になっているのだと思いました。
そしてそれは、花火のような刹那の光ではなく、いつまでも心の中であたたかく灯り続ける光なのです。


ミステリ色はほとんどないと言っていいかと思いますが、そこは道尾さん、全くないわけではなく、しっかり仕掛けを施されています。
大きな驚きではないにしろ、「おっ」と思わせられるその仕掛けは、物語同様にあたたかく感じられました。
どこかダークなイメージが強い道尾作品ですが、本作では悲しい気持ちやつらい気持ちになる場面がほとんどなく、最初から最後までほっこり優しい感じで、こんな話も書かれるんだなと良い意味で印象が変わりました。
☆4つ。


ところで今回サイン本を購入することができました!
大事にします♪
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