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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『残り全部バケーション』伊坂幸太郎


当たり屋、強請りはお手のもの。あくどい仕事で生計を立てる岡田と溝口。ある日、岡田が先輩の溝口に足を洗いたいと打ち明けたところ、条件として“適当な携帯番号の相手と友達になること”を提示される。デタラメな番号で繋がった相手は離婚寸前の男。かくして岡田は解散間際の一家と共にドライブをすることに―。その出会いは偶然か、必然か。裏切りと友情で結ばれる裏稼業コンビの物語。

まさに伊坂ワールド!と言いたくなるような、小気味よい連作短編集です。
決して人には言えないような裏稼業をやっていて、でも根っからの悪人ではなくどこか憎めない小悪党を描かせたら伊坂さんの右に出る者はないと断言できます。
思いっきり犯罪行為を描いているのにそれほど嫌悪感を感じさせないというのがすごいですね。
道徳的にそれはどうなのかという感じもしますが、これが伊坂作品なんだから細かいことは気にせず楽しもう、と思えるのは、伊坂さんがデビュー作以来一貫して独自の作品世界を築き上げてきた成果だと言えるのではないでしょうか。


個人的に連作短編集という形式はとても好きなのですが、伊坂さんの作品は特にこの形式がうまくはまります。
本作も読み進めるうちにどんどん面白くなっていくのがうれしかったです。
というのも、作中、伏線がびっしり張り巡らされているから。
一番最初の物語であり、表題作でもある「第一章 残り全部バケーション」にも、すでに後の章に繋がっていく伏線がきっちり仕込まれています。
物語が進むにつれて、あれがここにつながってくるのか!という発見が畳み掛けるように次々やってきます。
最後の最後が一番最初の話とつながっているのも心憎いですね。
結局最後はどうなったのか、結末はうまくぼかされているのですが、それが中途半端に感じられないのは、それまでに読んできた物語が、読者に最後の一文に続くその先の物語をも想像させてくれるからです。
ラストシーンにいた登場人物たちの会話や表情まで、きっとこんな感じじゃないかなと、想像できるのです。
書かれていないこともまるで書かれているかのように感じられる。
これこそ小説の醍醐味でしょう。


また、今作はミステリとしてもなかなか楽しめるのではないでしょうか。
「第三章 検問」の意外な結末や、「第四章 小さな兵隊」に登場するスーパーマーケットの屋上で双眼鏡を覗いている男の正体にはじまり、「第五章 飛べても8分」は全体がしっかりミステリ仕立てになっています。
近年の伊坂作品はミステリ色が弱めのものが多かったので、なんとなく初期の頃の作風が戻ってきたようでうれしくなりました。


もうひとつ魅力を挙げるとすれば、やはり登場人物たちの会話の面白さでしょうか。
いや、面白いかどうかは人によるかもしれませんが、ツボにはまると癖になりそうな可笑しさがあります。
個人的には「第五章 飛べても8分」で出てくる「とんでもハップン」という言葉がツボでした。
この言葉から派生して、「飛んでも8分、歩いて10分」という言葉が昔流行り、さらにその言葉をもじったものがこの章のタイトルになっています。
そういえばこんな言葉あったなぁ、一体誰が言い出した言葉なんだろう?と思わずウェブ検索してしまいました。
作中に登場する若い人物はこの言葉を知らないと言っていますが、確かに最近は耳にしていなかったような気がします。
この作品を読んで、思わぬ形で懐かしい(?)ギャグを思い出しました。
伊坂作品には時々このようなちょっと懐かしいネタが盛り込まれています。
オヤジギャグっぽくてくだらないと言えばくだらないのですが、下手をすると殺伐としそうな場面が妙にユーモラスな雰囲気になったり、説教くさくなりそうな話が柔らかい印象になったりと、伊坂作品には欠かせないアクセントになっています。
その辺りのセンスが伊坂さんは独特で、そこが魅力のひとつなのですが、その一方で好みが分かれる部分でもあるかもしれません。


軽妙洒脱な文章、個性的な登場人物たち、張り巡らされた伏線。
難しいことを考えずに楽しめる、愉快なエンタメ小説でした。
伊坂ワールドはこうじゃなくっちゃ。
私も日常から抜け出して「残り全部バケーション」なんて言ってみたいなぁ。
☆4つ。