tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『鍵のない夢を見る』辻村深月


どうして私にはこんな男しか寄ってこないのだろう?放火現場で再会したのは合コンで知り合った冴えない男。彼は私と再会するために火を?(「石蕗南地区の放火」)。夢ばかり追う恋人に心をすり減らす女性教師を待つ破滅(「芹葉大学の夢と殺人」)他、地方の町でささやかな夢を見る女たちの暗転を描き絶賛を浴びた直木賞受賞作。

地方に住む女性たちと犯罪を描く5つの物語を収めた短編集です。
さすがに直木賞受賞作だけあって、どの話も心にずしりと響くものがありました。


連作短編集ではないので、ひとつひとつの話につながりはありませんが、全部の話に共通するのは、「痛々しい人」が登場するということでしょうか。
「痛々しい」は滑稽だったり、どこかずれていたり、つらそうだったりと、それぞれの話によって微妙に意味が異なるのですが、どれもがその「痛々しさ」ゆえに印象に残りました。
「仁志野町の泥棒」では、泥棒癖のある同級生のお母さん。
石蕗南地区の放火」では、合コンで知り合った男が自分に執着していると思い込んでいる主人公の女性。
「美弥谷団地の逃亡者」では、暴力的な男と別れられない主人公。
「芹葉大学の夢と殺人」では、自分が特別であると信じて疑わない男と、その男の幼さに気付いていながら何も言えない女のカップル。
「君本家の誘拐」では、初めての育児に追いつめられ、疲れ切った母親。


個人的に一番印象に残ったのは「石蕗南地区の放火」の女性主人公でした。
一番自分に近い立場の主人公だからというのが大きいと思いますが、読み始めてしばらくは共感するところも多かったのに、だんだん「あれ?」と思う部分が増えていき、最後には完全に「この人、ちょっと変な人だなぁ」という感想になっていました。
親から結婚をせかされてわずらわしく思う気持ちも、その一方で男性との出会いを期待する気持ちも、合コンにまつわる面倒くさい部分も、同じ独身女性としてはよく分かりました。
ただ、合コン相手が仕事絡みの人だからという理由で、好みじゃない(どころか嫌悪感さえ抱いている)男性の誘いをきっぱり断れないというあたりに、世間体や見栄を気にする自意識が強い性格が見えてきます。
そして、その男性が自分の実家近くで放火事件を起こすと、彼は自分と再会したいがために火をつけたんじゃないかと疑うに至っては、おいおい何言ってるの、とツッコミを入れたくなってしまいます。
自分の男運の悪さを嘆く主人公ですが、それは自分自身に問題があるからでは……と思えます。
本人は自分のズレ具合には気付いていないというのがまた痛々しさに拍車をかけているのですが、自分のことは客観的に見られないというのは誰しも同じかもしれないとも感じました。


印象に残った話の次点は「君本家の誘拐」です。
初めての育児に行き詰まり、追いつめられていき、ついにはある「事件」を起こしてしまう新米お母さんが主人公になっています。
望んで望んでやっと授かったはずの赤ちゃんなのに、育児を楽しめないどころか、疲れ果て苦しむばかりの主人公の様子に胸が痛みました。
ほとんど心を病んでいるに近いような状態にまで追いつめられて、痛々しくて見ていられないという感じなのですが、この主人公も本人に全く問題がなかったかといえばそうではないように思えました。
物語の途中に女友達との会話シーンがありますが、どうもその友達とのやり取りを見る限り、自分のことばかりで他者のことにまで気が回っていない様子がうかがえます。
おそらく、ひとつのことで頭がいっぱいになると、他のことは考えられなくなってしまうタイプなのだと思いますが、そんな彼女の短所が事態を悪化させ、結局彼女自身が苦しむことになってしまっています。
良くも悪くも真面目な人なのだと思いますが、もう少し楽天的に物事を考えられればいいのに……と、読んでいる方としては歯がゆい思いでした。


第三者の視点から冷静に見つめれば、本人が気づかない短所や問題点は一目瞭然。
小説だからこそ得られる視点によって、自分自身のあり方も考えさせられた短編集でした。
感動的でも、愉快でも、爽快でもない話ばかりでしたが、器用に生きられない女性たちの哀しさが胸に沁みました。
☆4つ。