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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『月と蟹』道尾秀介

月と蟹 (文春文庫)

月と蟹 (文春文庫)


海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。「大人になるのって、ほんと難しいよね」―誰もが通る“子供時代の終わり”が鮮やかに胸に蘇る長篇。直木賞受賞作。

第144回直木賞受賞作品。
ホラーやミステリで注目を集めた道尾さんですが、この作品は小学4年生の少年少女の成長を描いた物語です。
読者の胸に不安をかきたてるような描写はそのままに、切ないような哀しいような、独特の雰囲気が郷愁たっぷりに描かれていました。


海辺の小さな町で、祖父と母との3人で暮らす慎一。
クラスの中でたった一人の友人である春也と共に、海で魚やヤドカリを捕まえたりして遊んでいます。
そのうちに2人は山の上に2人だけの秘密の場所を見出し、そこで火であぶりだしたヤドカリを「ヤドカミ様」として願い事をする儀式めいた遊びに没頭するようになります。
そこにやがてクラスで人気の少女・鳴海も加わりますが、徐々に3人の関係は揺らぎ始め――。


まず言えるのは、慎一の心理描写が秀逸だということです。
最初は春也との子どもらしい遊びの描写が多く、どちらかというと楽しく明るい雰囲気で物語が進みます。
けれども、その後慎一には不安やいら立ちを覚えるような出来事が相次いで起こります。
母の純江が、鳴海の父親と2人で時々会っていること。
たびたび教室の自分の机の中に、嫌がらせの手紙が入っていること。
春也が父親から虐待を受けているらしいこと。
最初はぎこちなかった春也と鳴海がだんだん仲良くなっていくこと。
自分の思い通りにならないことばかりで、徐々に追いつめられていくような慎一の心がついに限界を迎え、ある衝動的な行動に出てしまうまでの過程がとても丁寧に描かれていて、それだけに読んでいて胸が苦しいような気持ちに襲われました。
母の恋愛や友人が受けている虐待など、小学4年生の不安定な年頃の子どもには受け止めるには重すぎると思えるようなことばかりで、読者としても慎一の不安と恐怖をたどるように心がざわざわします。


私は慎一のようなつらい経験を子どもの時にしたことはありませんが、なにもかもうまくいかないという絶望感や、誰かに助けてほしいと思っているのだけれど、自分の世界を壊されるような気がして手を差し伸べようとした祖父にも何も言えない気持ちはよく分かるような気がしました。
子どもならではの残酷さを持ちながら、一方で他人のことを思いやったり自分で問題を解決しようとしたりする大人の側面をも持ち始めて、そのアンバランスさに苦しむ年頃は誰もが通ってきている道だと思います。
友達との関係も少しずつ変わり始め、異性に興味を持ち始め、周囲の大人も変わっていく。
そうした変化に戸惑いながら、それらを自分の中でなんとかうまく消化できるようになるということが大人になっていくということなのかもしれませんが、終章で鳴海が言うように、「大人になるのは難しい」ですね。
でも、自分だけではなく春也も鳴海もそれぞれに苦しんでいたのだと、そして大人だって様々な変化の中でどうしようもできないことがあるのだということに気づいたことで、少しは慎一の心が救われていればいいなと、ラストシーンを読みながら思いました。


少々残酷でグロテスクな場面も出てきますが、海と山の風景描写が美しく、郷愁を誘います。
あまり昔すぎない、ほんの少しだけ過去の時代を舞台にしているのもいいと思います。
何とも言えない切なく重い余韻が残りました。
☆4つ。