tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『龍神の雨』道尾秀介

龍神の雨 (新潮文庫)

龍神の雨 (新潮文庫)


添木田蓮と楓は事故で母を失い、継父と三人で暮らしている。溝田辰也と圭介の兄弟は、母に続いて父を亡くし、継母とささやかな生活を送る。蓮は継父の殺害計画を立てた。あの男は、妹を酷い目に合わせたから。――そして、死は訪れた。降り続く雨が、四人の運命を浸してゆく。彼らのもとに暖かな光が射す日は到来するのか? あなたの胸に永劫に刻まれるミステリ。大藪春彦賞受賞作。

おお〜、これはうまいですね。
道尾さん、文章も物語作りもどんどんうまくなられているように思います。


同じ街に住む、2組のきょうだい。
実の親を亡くし、血の繋がらない義理の親と共に暮らしているという共通点を持っています。
台風が上陸し、雨が降り続くある日、この2組のきょうだいを大きな運命が飲み込んでいきます。
―誰かを恨みながら水の中で死ぬと、人は龍になる。
彼らが見た「龍」の正体とは…?


読み心地はいつもの道尾作品だなぁという感じ。
非常に思わせぶりで意味ありげな文章が連なり、作中の少年少女たちと同じように不安に駆られ、疑心暗鬼になります。
恐ろしい運命に巻き込まれていく登場人物たちの姿に、一体どうなってしまうのかとハラハラし、先の展開が気になって仕方ありませんでした。
スリードぶりも健在。
今回はそのミスリードがとても効果的で、読者の想像力の誘導の仕方も無理がなくうまいと感じました。
そして、「真犯人」の正体については途中でなんとなく予想はついたものの、それでもそれまでの伏線がうまく効いていたために、予想した結果でありながらも驚かされてしまいました。
やっぱりミステリはこうじゃなくっちゃ。
伏線の張り方やミスリードの仕方がうまいミステリに出会うと、それだけでうれしくなってしまいます。
道尾さんお得意の「メタファー」についても、巻末の解説(行きつけのバーの飲み仲間の方が書かれています)を読んで納得。
いやもう、本当にうまいなぁと感心するばかりでした。


作品世界の雰囲気作りも、いつものことながらお見事ですね。
今回は雨や水がモチーフとなっている作品だけあって、全体的にじめじめしたちょっと陰気な雰囲気が文章から立ち上るようでした。
「龍」の猛々しく、恐ろしいイメージも、しっかりと表現されています。
ちょっとした偶然から大きく恐ろしい運命に巻き込まれていく2組のきょうだいと、彼らを翻弄する龍のイメージ、そして彼らに危機をもたらす「鬼」…。
序盤に語られる日本の古い伝説や神話の世界もあいまって、一種の神秘的で幻想的な世界が印象的でした。
それでいて、そのような世界の中で展開されるのは、「家族の絆」という普遍的なテーマだというのが興味深いです。
2組のきょうだいがそれぞれに互いのきょうだいを助けたい、救いたいと願い、血の繋がらない義理の親に対して複雑な感情を抱く…。
片一方のきょうだいは大きな過ちを犯してしまいますが、ラストにはわずかながらも希望が感じられました。
道尾さんの作品は、少年少女たちが怖い目に遭ったり危険な目に遭ったりという話が多いですが、そうした登場人物たちを描く道尾さんの視線は意外に暖かく感じられます。
だからこそ、悲しく切ない結末であったとしても、最悪のシナリオだけは回避して、わずかでも光が見えることにほっとさせられるのです。
この作品のラストは少しぼかした曖昧な描き方になっていますが、降り続いていた雨がようやくやんで、雲間から少しの光が差し込み始めたように、私には感じられました。


道尾さんの過去の作品には、少々読みにくいものや分かりにくいもの、生理的に気持ちの悪いものもありましたが、どんどん文章も技巧も磨かれて読みやすく面白い物語になっていっていると思います。
直木賞を受賞されたとはいえ、まだまだ若い作家さんなので、これからの作品もどんどん伸びていくような気がして楽しみです。
☆5つ。