tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『歪笑小説』東野圭吾

歪笑小説 (集英社文庫)

歪笑小説 (集英社文庫)


新人編集者が初めての作家接待ゴルフで目の当たりにした、”伝説の編集者”の仕事ぶりとは。
単発のドラマ化企画の話に舞い上がる、若手作家・熱海圭介のはしゃぎっぷり。
文壇ゴルフに初めて参加した若手有望株の作家・唐傘ザンゲのさんざんな一日。
会社を辞めて小説家を目指す石橋堅一は、新人賞の最終候補に選ばれたはいいが・・・・・・。
小説業界の内幕を暴露!!作家と編集者、そして周囲を取りまく、ひと癖ある人々のドラマが楽しめる、全12話の連続東野劇場。

さすがは東野さん。
…と言わずにはいられない、抜群の安定感。
のみならず、東野さんにしか書けない小説だなぁという作品です。


『怪笑小説』『毒笑小説』『黒笑小説』に続く、東野さんのブラックユーモア短編集第4弾。
『黒笑小説』に収録された文壇ネタの1編が好評だったのか、今回はまるごと1冊すべて文壇ネタになっています。
灸英社という出版社の編集者たちと、その出版社から本を出している作家たち、さらには同業他社の編集者なども入り混じって、エンタメ小説業界の裏側がユーモアたっぷりに描かれています。
いやはや…どこまでが現実で、どこからがフィクションなんでしょうね。
実在の出版社や作家の名前をもじった固有名詞がたくさん出てくるので、思わずいろいろと妄想してしまいます。
もし大部分が現実に即して描かれているのだとしたら、こんなにぶっちゃけてしまって大丈夫?と心配になってしまいますし、あくまでもこれは小説ですべては虚構であるというのであれば、実在する会社や人物を髣髴とさせるものを登場させてこんなに遊んじゃって大丈夫?と、やっぱり心配になってしまうのです。
いやはや…でも、やっぱり、東野さんだからこそ許されるんだろうなぁ。
押しも押されぬ人気作家で実力も十分ですし、他の作家さんや出版社とも、きっといいお付き合いをされているのだろうと想像します。
それでも、以下のくだりには、本当に大丈夫…?と思ってしまいました。

「ねえ、役者はもう決まってるの?」
「いやあ、それがまだらしい。これから決めるんじゃないか」
「あっ、だったらあの人出してよ。木林拓成(きばやしたくなり)」美代子が目を輝かせた。
「えー、キバタクかよ」顔をしかめたのは伊勢だ。「キバタクは何の役をやってもキバタクだからなあ。俺は反対」


46ページ 5〜9行目より

う〜ん、東野さん勇気ありますよね…(笑)


個人的には前3作と比べて毒気も皮肉さも薄めなところに少し物足りなさも感じました。
今回は「ちょっといい話」っぽい話も多くて、笑える部分も確かにあるものの、全体的に読み心地が非常によかったです。
そこがちょっと「歪笑小説」というタイトルからは離れてしまっていますが、やはりご自分が身を置いている小説出版業界だからこそ、あまりブラックな風味にはできなかったということなのでしょうか。
なんというか、こんなタイトルで、小説業界の裏側を暴露し、皮肉っているようにも見えるのですが、実のところこの作品は小説業界への愛情にあふれた作品なのではないかなと感じました。
出版不況といわれる状況がもう何年も続いており、新古書店の定着や電子書籍の登場といった新たな問題も出てきて先行きも不透明です。
そのような厳しい状況でも小説を書きたいという作家たちと、その小説を売りたいという編集者たちを面白おかしく描きながらも、東野さんの眼差しはあくまでも暖かく感じられます。
単なる笑いだけではなく、厳しい業界で日々頑張っている人々へのエールを適度に交えるという、その絶妙なさじ加減がやはり東野さんならではなのだろうと思いました。


個人的には文芸誌の謎に迫る(?)「小説誌」という話が一番面白かったです。
これもどこまでが東野さんの本音なのかな…と思わせられる作品でしたが、売れない文芸誌を作家たちのために作り続ける出版社と編集者たちへの、東野さんなりの感謝と激励を込めた話なのだろうと解釈しました。
巻末には作中に登場する作家たちの本の「広告」が載っており、本編では語られなかった作家たちのその後がうかがえる内容になっていて、思わずにやりとさせられました。
ビブリア古書堂の事件手帖』に続いて、これも本好きにはぜひおすすめしたい作品です。
☆4つ。