tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『セリヌンティウスの舟』石持浅海

セリヌンティウスの舟 (光文社文庫)

セリヌンティウスの舟 (光文社文庫)


大時化の海の遭難事故によって、信頼の強い絆で結ばれた六人の仲間。そのなかの一人、米村美月が、青酸カリを呷って自殺した。遺された五人は、彼女の自殺に不自然な点を見つけ、美月の死に隠された謎について、推理を始める。お互いを信じること、信じ抜くことを、たったひとつのルールとして――。
メロスの友の懊悩を描く、美しき「本格」の論理。

論理的な謎解きが魅力の石持浅海さんによる、ちょっと変わったミステリです。
何が変わっているかというと、設定が変わっているんですね。


ダイビングの趣味仲間の6人の男女は、ある日のダイビングで嵐に遭い、お互いの力を合わせて全員無事に助かったことがきっかけで、強い信頼関係で結ばれた親友になります。
ところがその後、そのうちの1人で最年少の女性・美月が、全員が集まった飲み会の場で自殺。
彼女の四十九日法要を期に再び集まった残りの仲間たちは、心の整理をつけるために美月が死んだ時の状況を検証し、彼女のその時の心境に思いを馳せようとします。
ところが彼女の自殺の状況には、次々に不審な点が見つかって…。
―とまぁこんな話なのですが、ここまで読んで私が想像したのは、実は自殺ではなく殺人で、犯人探しとトリックの解明と動機の告白が行われるという、いわばミステリの定番の展開でした。
が、その予想は大きく裏切られます。
何しろ大前提が「美月に恨みや嫌悪を抱くほど、ダイビングを離れて彼女と私的な交流を持った人物はいない。だから殺人ではありえない」なのですから。
そんなに早く殺人の可能性を全否定してしまっていいの?と思いましたが、読み進めていけば理由はすぐに分かります。
彼ら6人の絆は本当に深く固いもので、お互いに強く信頼しあっています。
だから、仲間のうちの1人の自殺に不自然なところがいくら見つかろうとも、彼らはお互いを疑ったりしません。
謎が次から次に浮上してくるにもかかわらず、ミステリにおけるそうした状況に付き物の「疑心暗鬼」がこの作品には全く登場しないのです。
彼らが謎を解こうとするのは、罪を暴き糾弾するためではなく、お互いを信じるためなのです。
それが私にはとても新鮮に感じられました。


疑心暗鬼の状態がないから最後まで人間関係は崩れませんし、論理的にさまざまな可能性が検討される過程も読んでいてとても気持ちがよいです。
ただ、それだけにラストは切なく、やるせなく感じられました。
1人が欠けても信頼関係の輪を保ち続けることの出来た彼ら仲間たちですが、それでも失ってしまったものはすごく大きいと思います。
ここまで論理的に美月の自殺の謎が解明できたのなら、この結末を回避するすべもあったのではないかと思いますが…。
でも、この結末だからこそ「セリヌンティウスの舟」というタイトルであるような気もします。
☆4つ。
それにしても「走れメロス」は小学生だか中学生だかの時にちゃんと全部読んだはずなのに、細かいところはすっかり忘れていますね(^_^;)
もう一度読んでみようかな、と思いました。




♪本日のタイトル:スピッツ「君が思い出になる前に」より