tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『銀の犬』光原百合

銀の犬 (ハルキ文庫)

銀の犬 (ハルキ文庫)


人々に降りかかる災厄を打ち払う「祓いの楽人」オシアン。その名は伝説の祓いの楽人と同じであり、その人間離れした音楽の才を妖精の女王ニアヴに愛され、妖精のあいだにしか伝わらないはずの数々の歌を全て口伝えに授けられたとされる人物だった。オシアンは、相棒のブランとともに世界中を旅し、この世に未練を残した魂や悪鬼、「愛を歌うもの(ガンコナー)」たちを、彼の竪琴が奏でる調べで救っていく・・・・・・。ケルト民話と著者の独特の世界観が作り上げる、切なく、悲しいファンタジーミステリー。

ケルト民話に触発されて光原百合さんが独自に作り上げた異世界ファンタジー。
もともとファンタジー好きなので、こういう世界観は大好きです。


歌や音楽を操る「楽人(バルド)」の中でも特に強い力を持ち、音楽を奏でることによって人を癒したり、妖魔を退治したり、この世にさまよえる魂を解放したり、さらには天地を動かしさえもする選ばれし者「祓いの楽人」であるオシアンと、その相棒で声を失ったオシアンとも容易に意思疎通ができる少年・ブランの2人の旅物語です。
彼らが旅の途中に出会った、死してなおこの世から離れられずにいる魂を、オシアンが竪琴で奏でる音楽で救う話が5つ収められています。
そのどれもが悲しい恋物語でもあり、ファンタジーの世界観の恋愛小説を読んでいるようでもあり、オシアンとブランの冒険物語を読んでいるようでもあるという、1冊で2度おいしい作品集です。


オシアンは声を失っているためセリフは一言たりともないのですが、それでも奏でる音楽で雄弁に語り、とても存在感のあるキャラクターになっています。
また、ちょっと生意気で子どもらしい可愛さもあるブランもとても魅力的なキャラクターです。
「僕の命はオシアンのものだ」と語るブランとオシアンの関係について詳しいところまで書かれていないのが気になりますが、2人の均衡の取れたコンビにはとても好感が持てます。
第4話以降に登場する呪い(まじない)師であり獣使いでもあるヒューと、その相棒(使い魔)であるメスの黒猫トリーのコンビもなかなか微笑ましく、主人公であるオシアン&ブランのコンビに匹敵する人気があるというのもうなずけます。
キャラクターの魅力はこうしたファンタジーには欠かせないものだと思いますが、それに加えてこの作品では主人公が楽人であり、音を奏でて魔を祓ったり人を救ったりするのであまり暴力的な話にならず、普通なら戦闘シーンになりそうな場面がとても美しい情景となるのがまた魅力的です。
もちろん小説なのでオシアンの奏でる音は文字で表現されているのですが、それでも時に悲しく時に優しい、美しい響きと旋律のイメージが容易に想像できました。
これはさすがは光原さん、というべきでしょうか。
『時計を忘れて森へ行こう』という作品でも美しく清新な森の自然と空気が十二分に表現されていましたが、その描写力、表現力はこの『銀の犬』でも存分に発揮されています。
ファンタジーという想像の世界だからこそ、光原さんのこの表現力が生きてくるのだと感じ入りました。


小鬼や妖精などファンタジーにはつきものの架空の生き物もたくさん登場して、ファンタジー好きにはたまらない作品です。
切ない物語運びも後味のよい終わり方も光原さんらしくて安心して読めました。
☆4つ。
すでにオシアンとブランの物語の結末は決まっているとのことなので、続編を楽しみに待ちたいと思います。