tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『風味絶佳』山田詠美

風味絶佳

風味絶佳


70歳の今も真っ赤なカマロを走らせるグランマは、ガスステイションで働く孫の志郎の、ままならない恋の行方を静かに見つめる。ときに甘く、ときにほろ苦い、恋と人生の妙味が詰まった小説6粒。恋愛小説の名手がデビュー20年目におくる風味絶佳な文章を、1粒ずつじっくり味わってください。谷崎賞受賞。

うむむ、Amazonに文庫版が登録されていない…。
なんでやねん。
仕方ないので上のリンク・書影は単行本のものです。


さて、山田詠美さんの本は『PAY DAY!!!』以来でかなり久しぶりだったのですが、やっぱり好きだなぁと思いました。
直截にその「行為」を書いているわけではないのに妙に色っぽさが漂ってくる文章にどぎまぎしたり、重たい内容をあっさりした文章でさらっと書いている箇所にハッとしたり…。
全く油断のならない文章で、読んでいて飽きません。
文学的でありながら分かりやすい表現も大好きです。
そして、山田さんの描く恋愛は、人間の五感と密接に結びついています。
この短編集の場合は「味覚」と結びついた話が多く、極上の料理やデザートを味わうように、恋愛の甘さも苦さも味わいつくすような物語が印象的です。
また、6つの物語に登場する恋する男性たちが全員、とび職や清掃作業員、火葬場職員など、いわゆる3Kと呼ばれそうな職業に就いているのも興味深かったです。
人が嫌がるような、きつい仕事をしている彼らに対する山田さんの敬意が、彼らに恋する女性たちの彼らの仕事ぶりに注がれる眼差しにそのまま表れていると感じました。
あとがきで書かれている通り、山田さんが本当に書きたくてずっと大事に温めてきたものが詰め込まれているのがこの短編集なのだと思います。


6編の短編の中で私が一番好きなのは、表題作「風味絶佳」。
この作品が映画化されたときのタイトルは「シュガー&スパイス」というものでした。
それを見て私は「これってもしかしてマザーグース?」と思っていたのですが、原作を読んでやっぱりそうだったんだと分かりました(本にはマザーグースだとはひとことも書いていませんが)。
このマザーグースの詩を知っていた方がこの作品はより楽しめると思いますので、一部分だけですがここに載せておきますね。

What are little girls made of, made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice, and all that’s nice;
And that’s what little girls are made of, made of.

「女の子は何で出来てるの?お砂糖とスパイス、素敵なもの全部で出来てるの」という詩ですが*1、「風味絶佳」という作品にはしっくりはまっていますね(山田さんはこのマザーグースを念頭に置いて書かれたのでしょうから当然ですけど)。
「アメリカかぶれ」の祖母がマザーグースを引いて教えてくれる女の子の真髄は、甘くて辛い。
祖母の教え「甘くとろけるもんは女の子だけじゃない」にある「甘くとろける」ものの象徴としての森永ミルクキャラメルは優しく甘く、少し切ない。
マザーグースと森永ミルクキャラメルという、洋と和の、子ども時代を思い起こさせるこの2つのものの対比が、甘くとろけて辛く切ない恋を効果的に表していて、やっぱり山田さんはうまいなぁとうならされたのでした。
それにしても、マザーグースを引用しつつ森永ミルクキャラメルを取り出すなんて、素敵なおばあちゃんですね。
彼女の孫である主人公の男の子はそんなおばあちゃんをちょっと疎ましく思ったりもしているようですが、この2人の祖母と孫としての関係も気負いがなくて甘えもなくて対等な感じでとてもいいな、とうらやましく思いました。


まさに「風味絶佳」な6つの物語におなかいっぱい。
ごちそうさま!な1冊でした。
☆5つ。

*1:ちなみに男の子は「カエルとカタツムリ、仔犬のしっぽで出来てるの」だそうです