tontonの終わりなき旅

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『恋霊館事件』谺健二

恋霊館事件 (光文社文庫)

恋霊館事件 (光文社文庫)


阪神淡路大震災によって住居を失った私立探偵、有希真一。
彼がテント生活を送る公園で、ある朝、喉の傷から血を流して死んでいる女性が発見された。
ぬかるんだ地面には女性以外の足跡はなく、なぜか刃物もなかった!?
振子占い師の雪御所圭子と有希の探偵コンビが、謎に迫る!
震災の街・神戸で起こる怪事件と、そこで必死に生きる人々の姿を描ききる傑作本格推理。

阪神大震災の被災地・神戸の様子を克明に描写し、さらにそれを本格ミステリの謎解きと絡めた『未明の悪夢』の続編です。
私は「酒鬼薔薇聖斗事件」を題材にした『赫い月照』の方を先に読んでしまったのですが、物語の順番的にはこの『恋霊館(こりょうかん)事件』が先となります。
震災3部作といってもいいようなこのシリーズの2作目は、震災からある程度の時間が過ぎた仮設住宅で起きた事件を描いています。


なんといってもこの作品のすごいところは、震災で倒壊した建物や仮設住宅など、「特殊な」状況を利用して見事に本格ミステリを成立させているところでしょう。
いくつも用意されているどんでん返しもミステリ的面白さを増幅させています。
中にはちょっと強引なように思われるトリックもあるのですが、このシリーズにおいて重要なのはミステリとしての完成度よりも、作者自身の経験を活かして鮮明に描かれた、心に重くのしかかってくるような震災と神戸の街の残酷な現実だと思います。
前作『未明の悪夢』で描かれたのは果てしない喪失感でした。
そして、この『恋霊館事件』では作者の、いえあの震災を経験した人々の、一つの決意が込められています。

「風化は誰にも止められんわ。特に日本人は瞬間湯沸し器やからな。いっときわーっと騒いで、後は知らんふりや。けど俺達には、一生忘れられるもんやない。いや、忘れたらあかんのや。今の俺はな、死ぬまで忘れてたまるか――そういう気分なんや」


『恋霊館事件』 p.557 10-12行目

「決してあの地震を忘れてはいけない」というその決意を持って、谺さんはこのシリーズを書き上げたのだと思います。
この強い決意がなければ書き続けることはできなかったのではないでしょうか。
自身も被災者である谺さんは、このシリーズを書くことによって否が応でも恐ろしい震災の記憶を呼び覚まされ、辛い思いもされたでしょうから。
『赫い月照』で一旦完結したこのシリーズ、続編という形ではもう無理かもしれませんが、谺さんは圭子と有希の物語を書き続ける構想を持っておられるそうです。
これからもまだまだこの神戸の物語を書き続けて、日本中の「瞬間湯沸し器」たちに時々震災のことを思い出す機会をぜひ与えてほしいと思います。
☆4つ。