tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン』小路幸也


父から息子へ、続いていく歌がある。
大人気「東京バンドワゴン」シリーズ第13弾!
ここは東京下町。堀田家は今にも朽ち果てそうな日本家屋で「東亰バンドワゴン」という古書店を相変わらずに営んでおります。花陽の医大受験を前に、春を待ち望む今日この頃です。常連の藤島さんの遺産相続がきっかけで思わぬご縁がつながったかと思えば、一方で闘病中の我南人のバンド仲間・ボンの病状はますます悪化し……。父から子へ継がれていく思いが込められた大人気のシリーズ第13弾!!

東京バンドワゴン」シリーズもついに13作目。
こんなに長い付き合いになるとは……と、ここのところ毎年感慨にふけっています。


なんといってもこのシリーズは、巻が進むにつれての登場人物たちのさまざまな変化が一番の楽しみです。
1冊ごとに1年ずつ時が流れ、そのぶん登場人物も全員歳を重ねます。
中には歳をとってお別れとなってしまうキャラクターもいますが、古書店「東亰バンドワゴン」の店主である堀田勘一は86歳となった今作でもまだまだ元気そのものの現役で、その存在感は1作目と比べてもまったく衰えていません。
勘一の息子の我南人 (がなと) も60代後半で、もはやすっかり大御所ミュージシャンですね。
堀田家の最年少メンバー、鈴花ちゃんとかんなちゃんは言動がかなりしっかりしてきて、子どもの成長は早いなと思わされます。
けれども、今作で一番の成長ぶりを見せつけてくれたのは、高校1年生の研人くんでした。
すでにプロのミュージシャンとして活動しているということもあり、中学生の時には高校には行かないなどと言い出して、親である紺と亜美さんをやきもきさせたりもしましたが、いざ高校へ進学すると、自分の進む道がはっきり見えたからなのか、ずいぶん落ち着いて大人っぽくなった印象です。
この年頃の男の子にしては珍しく、気配りができて、家族に対しても友達に対しても深い思いやりを見せます。
特にいとこでありながら姉弟のように一緒に育った花陽ちゃんについて、「何かあったら何をおいてもいつでも飛んでいくつもりでいる」と研人が言うシーンには、なんてかっこいいの!と思わずジーンとしてしまいました。
若きミュージシャンとしてそこそこ成功していて、天狗になってもおかしくないところですがそうはならないのも、やはり生まれた時から大家族の中で育って、たくさんの大人たちに優しく、時に厳しく見守られてきたからなのかなと思います。
ガールフレンドの芽莉依 (めりい) ちゃんに一途なところもかっこいいのですが、そこはもっといろんな恋を経験するのも悪くはないんじゃないかと思ってしまうところ。
でもその一途さ、まっすぐさが研人らしさなんでしょうね。


そんな研人の成長ぶりがまぶしい今作のテーマはずばり、「世代交代」なのかなと思いました。
誰でもいつかは年老いてこの世を去っていく。
それは変えられない運命であり、もちろん別れは悲しく寂しいのですが、その代わりに新しく生まれ、成長する存在も確かにあって、時には去っていく人の想いや志を引き継いでくれたりもするのです。
我南人のバンド「LOVE TIMER」でドラムを担当しているボンさんは、少し前からガンで闘病中です。
その病床にボンさんの息子・麟太郎が駆け付け、花陽ちゃんと付き合っていることを報告する場面が終盤に出てきますが、とても感動的で心が温かくなりました。
恋人関係なのかどうかいまひとつはっきりしていなかった麟太郎と花陽ちゃんがついに交際宣言!というのも感動ものですが、その宣言を聞いたボンさんの反応に泣かされます。
タイトルに「ヘイ・ジュード」の曲名が選ばれた意味が胸に沁みました。
タイトルとテーマの一致という点では、シリーズ13作品の中でも本作が屈指の出来といえるのではないでしょうか。
そしてふたりの交際宣言とボンさんの言葉を聞いた勘一が逆に「まだまだ死ねない」と宣言するのもまたいいなと思いました。
堀田家の場合は勘一がまだ現役でも、世代交代も同時に進んでいる感じがします。
決して勘一が一線を退くということではなく、勘一も現役を続けながら新しい世代も同時に育ち、カフェのような新たな仕事を始めている。
これも「世代交代」のひとつの形なのだろうと思うのです。


それにしても、花陽ちゃんの交際のことが気になって仕方ない勘一はなんだかかわいく思えました。
お父さんがいない花陽ちゃんに対し、お父さんとしての役割も果たさねばと思う勘一の愛情が強く感じられます。
でも、あまり気にしすぎると、花陽ちゃんに嫌がられそうですね。
今作では花陽ちゃんの母親・藍子が再婚相手のマードックさんとともに、マードックさんの実家があるイギリスへ引っ越すという大きな変化もありました。
以前にも堀田家のメンバーがイギリスへ行く話があり、なかなか面白かったので、またイギリスが舞台の話も読めたらいいな、とシリーズ続編を楽しみにしています。
☆4つ。




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