tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『スタッフロール』深緑野分


1980年代のハリウッド、圧倒的に男性優位な映画界でもがき奮闘する特殊造形師のマチルダ
現代ロンドンで、ある出来事をきっかけに自分の才能を見失い葛藤するCGクリエイターのヴィヴ。
映画の特殊効果に魅せられた二人の人生が一本の映画を通じて繋がり合う。
創作者の情熱と苦悩を、リアルかつ力強く描いた直木賞候補作。

映画館に行くと、映画を観る人には2種類の人がいるのだとわかります。
最後のスタッフロールまで全部見る人と、スタッフロールが始まるとさっさと席を立って帰る人。
私は圧倒的に前者で、映画本編の余韻に浸りながらぼーっとスタッフロールを眺めるのがけっこう好きです。
映画業界に詳しいわけではありませんが、それでもスタッフロールを見ていると、「あの人は確か他の作品でも名前が出ていたぞ」とか「ハリウッド映画だけど意外と日本人も関わっているんだな」とか、あれこれ発見はあるものです。
映画の製作に関わる人々の苦悩と喜びを描いた本作を読んで、ますますスタッフロールまでちゃんと見ようという気持ちになりました。


本作は二部構成の作品です。
前半の第一幕は、1970~1980年代のまだまだ映画業界に女性が少なかった時代に、特殊造形師として『レジェンド・オブ・ストレンジャー』というヒット作の人気キャラクター「X (エックス)」を生み出した女性、マチルダセジウィック (通称マティ) の物語。
幼い頃から映画が大好きだったアメリカ人のマチルダは、大学を中退して造形師として名を知られたヴェンゴス老人の弟子となり、自らも造形師の道を歩み始めます。
けれども、『レジェンド・オブ・ストレンジャー』のヒットを見届けることもなく、またスタッフロールに名前が載ることもないままに、マティはあるできごとをきっかけに突如引退してしまったのでした。
それから時は流れ2017年、第二幕の主人公でアニメーターのヴィヴィアン・メリル (通称ヴィヴ) が働くロンドンのCG制作会社リンクスに、『レジェンド・オブ・ストレンジャー』のリメイクの話が舞い込みます。
生物やものの動きをフレームに分けて捉えることができる特殊な目の持ち主で、その目を生かした作品づくりでアカデミー賞の視覚効果部門にノミネートされたことがあるヴィヴですが、受賞に至らなかったことから自信を失い、精神的なバランスを崩していました。
そんな中で舞い込んだ『レジェンド・オブ・ストレンジャー』のリメイクという大きな仕事ですが、ファンがリメイクにあまり好意的でないこと、そして憧れの造形師でありオリジナルのXの作者でもあるマティがCG嫌いであることを知って、ますます苦しみます。
そんな中、ヴィヴの前に謎の老婆が現れて、それをきっかけにヴィヴはマティと運命的な邂逅を果たすのでした。


二部に分けて異なる時代を描いているため、それぞれの時代背景がよくわかります。
マティが特殊造形師として映画製作に関わっていた時代の映画業界は、完全な男社会でした。
そんな中で数少ない女性クリエイターとして働いていたマティの名前が一度もエンドロールに載ることがなかったのは、そうした時代背景を鑑みれば必然だったのでしょう。
それでも、ヒット映画の人気キャラクターの人形を作りだした人の名前が表に出ないというのは、あまりにも理不尽だと感じました。
作品づくりにおいて小さくない役割を果たした人であれば、きちんと名前を出して、役割に見合った世間からの評価を得られるようにすべきでしょう。
しかしながら、後半のCGクリエイターのヴィヴの物語を読むと、世間に名前が出るというのはそれはそれでまた違った苦悩が生じるのだということがわかります。
ヴィヴが働いている2010年代となるとさすがにあまりにも露骨な女性差別はなくなり、ヴィヴの名前もきちんとスタッフロールに載り、ヴィヴ自身も映画館で自分の名前を見て喜んでいますし、アカデミー賞にノミネートされるという栄誉も味わうことができました。
けれども、それによってヴィヴは自分の仕事が他人からの批評にさらされ、他のクリエイターたちと比較されることにより苦しむことになります。
昔はなかったSNSにより、一般の映画ファンの忌憚のない、時には率直すぎる意見や感想も簡単に見ることができてしまいます。
時代が変わり、社会が変われば、よくなる側面もあれば悪くなる側面もあるというのは、どんな業界でもどんな仕事でも同じでしょう。
ただ、クリエイターの苦悩は、どんな時代も共通しているのかもしれません。
マティもヴィヴも、大好きな映画の仕事に就けたのに、いつしか自由に創作する喜びを失ってしまっています。
ふたりとも間違いなく才能のあるクリエイターです。
そういう人たちが世間の評価に悩み、自分の才能に疑問を持って、ついには仕事から離れていってしまうのは、映画業界の、いやこの世界の損失ではないでしょうか。
彼らに正当な評価を、創作の楽しみを見失わずにいられる環境を、と願わずにはいられませんでした。


それほど映画ファンではない私でも知っている作品がたくさん登場し、少々マニアックな特殊造形やCGの製作現場や技術についても詳細に描かれていて、非常に読みどころの多い楽しい作品でした。
何よりも作者の映画への愛が存分に込められていることがよくわかります。
作者も含めて、何かを創作する人に必要なものは、何よりも「愛」なのだろうなと納得する思いでした。
☆4つ。