tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『七人の敵がいる』加納朋子

七人の敵がいる (集英社文庫)

七人の敵がいる (集英社文庫)


編集者としてバリバリ仕事をこなす山田陽子。一人息子の陽介が小学校に入学し、少しは手が離れて楽になるかと思ったら―とんでもない!PTA、学童保育所父母会、自治会役員…次々と降りかかる「お勤め」に振り回される毎日が始まった。小学生の親になるって、こんなに大変だったの!?笑って泣けて、元気が湧いてくる。ワーキングマザーの奮闘を描く、痛快子育てエンターテインメント。

日常の謎ミステリの名手、加納朋子さん。
ミステリファンとして加納さんの新作を首を長くして待っている身としては、別ジャンルの作品の刊行はうれしいながらもちょっと残念…な気持ちもあります。
ですが、さすがは加納さん!
ご自身の経験を存分に生かしたのであろうこの作品は、得意のミステリではなくともとても面白かったです。


前代未聞のPTA小説、と聞くと、自分は子どもどころか結婚もしていないので関係ないかな〜という気にもなりましたが、全然そんなことはありませんでした。
自分がまだ首を突っ込んでいない世界だからこそ、怖いもの見たさで覗き見るような(悪趣味?)面白さがあったと思います。
それに、主人公の陽子は出版社の編集部で働くバリバリのキャリアウーマンであり、1児の母でありで、私とは立場も事情も全然違いますが、それでも同じ「働く女性」として共感できる部分は確かにありました。
会社という場所で働いていると、常識が通じない変な人やそりの合わない厄介な人には少なからず遭遇します。
それはきっと、どんな場所でも同じなんですね。
ましてやPTAだったり地域社会の自治会だったりすると、年齢も性別も家庭の事情も技能もてんでバラバラ。
そういう中で、時には敵を作りながらも、何とかうまく立ち回って自分がやりやすいように、さらには他の人にとってもメリットがある状況に持っていく工夫をしなければならないのは、職場であれ学校であれ地域社会であれ、一緒なんだなと感じました。


PTAが時代の変化に適応しておらず旧態依然としていたり、保護者にとって負担の大きい仕組みになっていたりするのは、本当にそうなんだろうなと、独身の私でも思います。
そういうところでキャリアウーマンの陽子が苦労しなければならないのも、確かにそうだろうと容易に想像がつきます。
息子が小学校に入学して最初の保護者会で「(クラスやPTAの)役員は専業主婦がやるものだ」などという問題発言をして、同じクラスのお母さんたちを一瞬にして敵に回してしまったりと、陽子自身にも問題があると思える部分もいくつもあるのですが、陽子の言い分も筋が通っており、確かにその通りだとうなずかざるを得ない部分がたくさんあるので、知らず知らずのうちに陽子に肩入れしている自分がいました。
それに、陽子は別にPTAやら自治会やらの仕事のすべてを無駄だと切り捨てているわけではないんですよね。
むしろ積極的に仕事を買って出ていることも多いし、仕事の能力は人並み以上に高い陽子ですから、他の人と比べてもきっとかなりきちんとやるべきことをやって成果を出しているはずです。
だからこそ、ズバズバと物を言い、時には強引なやり方で物事を進めてはいても、次々と現れる強敵たちに真っ向から立ち向かい、どんどん仕事を片付けていく陽子の姿は痛快で、とても気持ちよく感じました。


たくさんの人が集まる場所では、いろいろな立場、事情、能力を持つ人がいて、そのことをしっかり理解していれば、うっかり敵を作ってしまっても、突破口は見出せる…。
そのことに、なんだか勇気をもらいました。
実際は、この物語のようには、そうそううまくいくものではないだろうなとも思います。
ですが、今のような義務という名のボランティアに頼ったPTAや自治会の仕組みではそう遠くないうちに破綻することは確かですし、ほとんどの人が全く無縁ではいられないそうした問題点を、エンターテインメント小説の形でユーモアを交えながらも鋭く指摘した作品として、この本は広く読まれるべきであると思います。
特に男性にはぜひ読んでいただきたいです。
☆4つ。