tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『空飛ぶ広報室』有川浩

空飛ぶ広報室 (幻冬舎文庫)

空飛ぶ広報室 (幻冬舎文庫)


不慮の事故で夢を断たれた元・戦闘機パイロット・空井大祐。異動した先、航空幕僚監部広報室で待ち受けていたのは、ミーハー室長の鷺坂、ベテラン広報官の比嘉をはじめ、ひと癖もふた癖もある先輩たちだった。そして美人TVディレクターと出会い……。ダ・ヴィンチの「ブック・オブ・ザ・イヤー2012」小説部門第1位のドラマティック長篇。

有川浩さんで自衛隊といえば、『塩の街』『空の中』『海の底』の「自衛隊3部作」や、『クジラの彼』『ラブコメ今昔』が思い浮かびますが、SF風味だったりラブコメ風味だったりしたこれらの作品群とは異なり、『空飛ぶ広報室』は真正面から真面目に自衛隊を描いた作品です。
といっても、基地や演習場などで日々訓練に励む隊員ではなく、広報室で自衛隊のPRを仕事としている人たちが主役なのですが、これがなかなか有川さんの小説世界にうまくはまっていてよかったです。


ブルーインパルスパイロットに憧れて自衛隊に入り、その夢にほとんど手が届いたと思ったところで交通事故に遭い、パイロットを辞めざるを得なくなった空井という青年が主人公。
個性的で賑やかな広報室のメンバーに囲まれ、自分と同じく挫折経験を持つテレビ局ディレクターのリカに出会い、不慣れな広報の仕事を懸命にこなしていく中で、夢を断たれた心の傷から立ち直り、一人前の広報マンへと成長していく――。
すがすがしいくらいにまっすぐで爽やかな、正統派お仕事小説です。
自衛隊というとなんだか特殊な職業というイメージを持ってしまいがちですが、本作で描かれる広報室のお仕事は民間のそれと大きく違うようには思われません。
広報室のメンバーの中には、しっかり民間の、つまりお金の感覚を持っている人もいて、売り込む「商品」が自衛隊の持つ装備や戦闘機や自衛隊員そのものだったりすることを除けば、売り込み方も民間企業とそう異なるわけではありません。
有川さんが「自衛隊の広報」を題材に選んだ理由はそれかなと思いました。
例えば戦闘機パイロットの仕事を主題にしても、有川さんならそれなりに上手く料理して面白い小説を書かれたことと思います。
けれども、広報という裏方的で民間との接点の多い仕事の方が、普段自衛隊に関わりを持たない読者にはとっつきやすく、ひいては幅広い層に自衛隊をアピールできると思われたのではないでしょうか。
そして、もしそうだとしたら、その狙いは大当たりだったと思います。
読み終わった時には私の中で、かつてないほど自衛隊への親近感が生まれていましたから。


作中ではヒロインの稲葉リカが自衛隊に理解のない一般人の代表のような描かれ方なのですが、高校時代の先生に「自衛隊憲法違反」という認識を刷り込まれたリカほどではないにしろ、私もあまり自衛隊に関心のない一般人のひとりなので、ちょっと胸がチクチクするような部分も何か所かありました。
私もブルーインパルスと戦闘機の違いなんて全然知りませんでしたからね。
ただ、言い訳をするわけではありませんが、戦闘装備だの兵器だのに関してはそれほど知識がなくても別にそれ自体は責められるようなことではないと思うのです。
でもその一方で、自衛隊にお門違いの批判や侮蔑を投げかける人は確かにいるのでしょうし、そのような状況は好ましいことではないなと思いました。
最近は震災などの災害救助活動や支援活動で自衛隊の評価は高まっているのではないかと思います。
けれども、作中である人物が指摘するように、被害者が出てから評価されるというのはやはり悲しいことです。
自衛隊は永遠に無用の長物でなくてはならない。
それは本当にその通りだと思いますし、それでも有事や非常事態に備えるために、それらが起こる前から自衛隊への理解が必要で、だからこそ広報活動が大切なのだという論理には非常に説得力がありました。
法律上制約が多い自衛隊員には苦労も多いと思いますが、それでも国のために働く方々に、素直に頭の下がる思いです。


県庁おもてなし課』と似た読み口で、若い主人公を応援したくなる物語でした。
東日本大震災時の松島基地を描いた「あの日の松島」も、淡々とした筆致がかえって涙を誘う感動作に仕上がっていてとてもよかったです。
欲を言うならもう少しラブコメ要素があってもよかったかな?とは思いますが、エンタメとしても、自衛隊への理解が深まる1冊としても、出来の良い作品だと思います。
☆4つ。