tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『弁護側の証人』小泉喜美子

弁護側の証人 (集英社文庫)

弁護側の証人 (集英社文庫)


ヌードダンサーのミミイ・ローイこと漣子は八島財閥の御曹司・杉彦と恋に落ち、玉の輿に乗った。しかし幸福な新婚生活は長くは続かなかった。義父である当主・龍之助が何者かに殺害されたのだ。真犯人は誰なのか?弁護側が召喚した証人をめぐって、生死を賭けた法廷での闘いが始まる。「弁護側の証人」とは果たして何者なのか?日本ミステリー史に燦然と輝く、伝説の名作がいま甦る。

行きつけの書店で平積みにされていたのを見て興味を持ち、ネットで調べてみたら評判がよかったので手に取ってみました。
1963年に最初に刊行され、長らく絶版となっていたものがこのたび集英社文庫から復刊されたものです。
今から40年以上も前の作品ですから、当然文章は少々古い感じがして読みにくい部分もあります。
刑法に関する記述も出てきますが、今とは変わってしまっている部分もあります。
それでも、ミステリとしてこの作品が古びているとは到底思えません。
最近のミステリに決して引けをとらない、新鮮な驚きが味わえる作品です。


ネタばれが怖いのであまり詳しく書けませんが、「気がついたら騙されていた」…この一言に尽きます。
たくさんミステリを読んでいると、中には「騙してやるぞ」という作者の意図が露骨に透けて見える作品もあります。
読んでいる途中に「この部分に仕掛けがあるな」とピンと来ることもあります。
でもこの『弁護側の証人』にはそういった部分は全くありませんでした。
全く普通に、何も気にせず読み進めて、第11章に入った途端、「あれ?」と。
作者は特に何か大きな罠を仕掛けたわけではなく、ただ意図的に「書かなかった部分」があるだけ。
それに対して「書かれていない部分」を勝手に自らの想像力で補い、勝手に「騙された」のは読者の方なのです。
いや〜…人間の思い込みって怖いですね。
なんだか自分が信用できなくなりそうです(笑)
いや、でも、やはりこれは作者のテクニックを褒めるべきなのでしょうね。
小説を読む時、人は誰でもその場面や人物のことを頭の中に思い描きながら読むもの。
そういう読書の性質をうまく利用したミステリです。
こういうの好きだなぁ。
文章が若干読みにくい(なんでこんなに文体が翻訳くさいのだろうと思っていたら、作者は翻訳家でもあるのですね)のと、登場人物の誰にも好感を持てず共感できなかったのとで☆4つとしますが、トリックの部分だけを見ればミステリとしては本当に素晴らしい出来だと思いました。