tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『語り女たち』北村薫

語り女たち (新潮文庫)

語り女たち (新潮文庫)


語り出されるのは、幻想的な――そして日常的な――“謎”のものがたり。微熱をはらむその声に聴き入るうち、からだごと異空間へ運ばれてしまう、17話。

「謎は論理的に美しく解けてこそ面白い」という考え方をするのが有栖川有栖さんなら、「謎は解けなくともそこにあるだけで面白い」という考え方をするのが北村薫さん。
なんとなく、そんな気がします。
ですから、上記の紹介文にある「“謎”のものがたり」という言葉を信じて、ミステリだと思って読むと、肩透かしを食らってがっかりしてしまうのがこの『語り女たち』という連作短編集です。
年老いた男性の元に次々にやってきて不思議な物語を語る女性たち。
17人の女性が語る17つの物語には、確かにたくさんの「謎」があふれています。
ですが、それがきれいに解かれるということはこの作品においてはありません。
中にはきれいにオチがつく話もあることはありますが、ほとんどの話は「?」のうちに終わってしまいます。
でも、それこそがこの短編集の醍醐味。
まさに主人公の老人と一緒に、語り女たちの話を聞いているような気分になれるのです。
私の想像力が追いつかなくて、よく理解できない話もありましたが、幻想的で不思議な短い物語の数々は、大人のためのおとぎ話のようで非常に心地よく感じられました。
特に、「文字」「四角い世界」「笑顔」「海の上のボサノヴァ」「眠れる森」「夏の日々」「水虎」が私のお気に入りです。


また、北村さんの表現力の豊かさはさすがのもの。
季節のにおいが感じられ、光と影のコントラストに彩られた、色彩豊かな北村さんの文章が、私は大好きです。
特にいいなと思ったのが「ラスク様」という話の出だしの一文。

海原を旅してきた秋風の手が、もっといたいと駄々をこねる夏の頭を、撫で始める。


162ページ 1行目

擬人法は手法としてはありきたりではありますが、北村さんのそれは優しくてなんだか微笑ましい。
美しい日本の四季が、美しい日本語で表されているのを読むと、もうそれだけでいい気持ちになってしまいます。
北村さんは元国語教員ですし、膨大な読書量をお持ちなのだろうと容易に察せられますが、そういう作者だからこそ、美しい文章で味わい深い物語を綴れるのだろうと思います。
まさに北村さんの持ち味が存分に発揮された素敵な1冊です。
☆4つ。
文庫なのにカラーの美しい挿絵も入っているのがちょっとうれしい。