tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『また、桜の国で』須賀しのぶ

また、桜の国で (祥伝社文庫)

また、桜の国で (祥伝社文庫)


一九三八年十月―。外務書記生・棚倉慎はポーランド日本大使館に着任。ナチス・ドイツが周辺国へ侵攻の姿勢を見せ、緊張が高まる中、慎はかつて日本を経由し祖国へ帰ったポーランド孤児たちが作った極東青年会と協力、戦争回避に向け奔走する。だが、戦争は勃発、幼き日のポーランド人との思い出を胸に抱く慎は、とある決意を固め…。著者渾身の大作、待望の文庫化!

須賀しのぶさんは最近になってツイッターなどでお名前を聞くことが多くなり、気になって一度読んでみたいと思っていた作家さん。
少女小説出身の方なのですね。
本作はというと、少女小説のイメージからは程遠い、骨太の歴史小説でした。


主人公の棚倉慎 (まこと) は、ポーランド日本大使館に赴任した若き書記生。
彼の視点から第二次世界大戦前、そして戦争が勃発してからのポーランドの首都ワルシャワとそこに生きる人々の戦いが描かれていきます。
私にとっては、ポーランドといえばキュリー夫人
子どもの頃に伝記を何冊か読んでいたので、ロシアによるポーランド支配のことは知っていました。
本作はその後のポーランドが舞台となっているわけですが、キュリー夫人がフランスへ移住し亡くなった後も、ポーランドがいかに過酷な歴史をたどってきたかがよくわかりました。
何度も国土を分割され、地図上から消えてしまったことすらあるポーランドがそれでもなんとか存続してきたのはなぜか、その答えがこの作品には書かれています。
それは、何よりも国を愛する人々の存在です。
愛国心の強いポーランド人が、団結し、立ち上がり、戦う。
子どもの頃にポーランドの孤児と思わぬ交流をした経験を持つ慎は、そんなポーランドの人々に共感し、なんとかソ連やドイツとの戦争を回避しようと、外交書記生という立場をいかして奔走します。
もちろん一個人に国家同士の思惑や戦略をどうこうできるわけもなく、ポーランドソ連とドイツから侵攻され、ついには1944年のワルシャワ蜂起に、慎もレジスタンスのひとりとして参加することになります。


最終的には自らの命を賭してポーランドのために戦うことを選んだ慎に対して、ここまで他国のために動くことができる人がいるのかと感心すると同時に、真の愛国心とは何か、外交とは何かということを突き付けられたように感じました。
ポーランドの隣人たちとともに戦うことを選んだ慎は、子どもの頃の経験からポーランドに人一倍親しみを持っていることはもちろんですが、彼を突き動かす原動力は何よりも彼が日本人であるということだったのだろうなと思います。
慎は日本人として生まれましたが、父親がロシア人のため、顔立ちも体格も東洋人離れしています。
ロシア語やドイツ語、英語など外国語も堪能で、一見するとまったく日本人には見えない彼は、自身のアイデンティティに苦しむ少年時代を送りました。
だからこそ、誰よりも日本人らしくありたいと思った。
日本人として、ポーランドの人々の隣人であり友人でありたいと願った。
だからこそポーランドの人々も慎を受け入れ、ともに戦わせた。
そのことに強く胸を打たれました。
国際交流というレベルではなく、自らのすべてをポーランドポーランド国民のためになげうった慎は、もはや外交官という枠すらも飛び越えていて、自分にはまねができないなと思いつつも、こんなふうに外国と関わることができたらという憧れのような気持ちも抱かずにはいられません。
それでも、いやそれだからこそ、個人の力というものは圧倒的な軍事力の前にあまりにも無力で、結末にむなしさを覚えます。
もしももっと平和な時代に生まれていたら、慎の人生はどんなものになっていただろう……と考えてしまいました。


これまで知っているようで知らなかったポーランドの歴史や文化、国民性を知り、第二次世界大戦に対する新たな視点を得ることができました。
史実をもとに書かれている小説では、国際情勢や戦争の行きつく先を知っているだけに読むのがつらいところがあります。
慎の戦争回避という強い願いはかなわないということがわかっていて、ある程度展開が予想できるからです。
それでも、読後感が決して悪くはなかったのは、慎の生きざまが同じ日本人として胸を打たれるものだからでしょう。
慎だけではなく、慎がともに戦ったポーランドの人々の運命がどう転がっていくのかが気になり、ハラハラしながら一気読みでした。
☆5つ。

2020年4月の注目文庫化情報


相変わらず落ち着かない日々が続いていますが、外に出ることがままならない時期だからこそ、読書がいい時間つぶし、かつ現実逃避になりますね。
私もようやく積読が解消されてきたので、またせっせと新しい本を仕入れてせっせと読んでいきたいと思います。
今月は直木賞受賞作や候補作が多く文庫化されますね。
でも4月はやっぱり「東京バンドワゴン」シリーズ!
昨年が番外編だったので、今年は本編に戻るのがとても楽しみです。
こんなふうに、先にある楽しみを数えながら毎日を乗り切っていきたいと思います。

『星の子』今村夏子

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

  • 作者:今村夏子
  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: 文庫


ちひろは中学3年生。
病弱だった娘を救いたい一心で、両親は「あやしい宗教」にのめり込み、その信仰が家族の形を歪めていく。
野間文芸新人賞を受賞し本屋大賞にもノミネートされた、芥川賞作家のもうひとつの代表作。

今村夏子さんの作品は『あひる』しか読んだことがありませんでしたが、物語全体に流れる不穏な空気が強烈に印象に残っています。
本作もやはり不穏で、終始なんともいえない不安な気持ちをかきたてられる作品でした。


不穏な要素のひとつとして、本作には新興宗教団体が登場します。
その宗教の教えがどのようなものであるのかは、あまり具体的に書かれていないので想像するしかないのですが、「からだにいい水」などの効果不明なグッズを売っていたり、主人公のちひろがあまり十分な食事を与えられていないようだったりするところから考えて、完全に無害な宗教だとは考えにくく、「カルト」だといっていいのではないかと思います。
ちひろが幼少期に身体が弱く、心配した両親がこの宗教団体の水に出会い、そのおかげで (?) ちひろが健康になったことから、両親はその宗教にのめりこんでいくようになります。
やがてちひろの姉は家出し音信不通となり、その後ちひろは叔父や叔母から「高校に進学したらうちから通わないか」と暗に両親から離れることを勧められますが、結局最後までちひろの生活は何も変わらず、最後の場面においても日常が変わらず続いていくことが示唆されています。
読みようによってはちひろというひとりの少女の、カルト宗教に関わっているということ以外は何の変哲もない日常生活を描いただけの物語と読むこともできるでしょう。
実際、ちひろは特に自分の生活にあまり不満は抱いていないように読めます。
食事が不十分なせいでお腹をすかせてはいるようですが、宗教団体の集まりでは年齢関係なくたくさんの友達がいて、学校でも自分の味方になってくれる人が少ないけれども存在していて、両親との仲も悪くない。
でも、だからこそ、読んでいて不安になるのです。


たとえば、ちひろの食事シーン。
育ち盛りの子どもがこんな食事でいいのか、といいたくなるような内容で、見方によってはこれは虐待でしょう。
ですが、ちひろの両親は決して悪人ではなく、食事内容はおそらく宗教の教義に基づくものであって、そこに悪意はみじんもありません。
それどころか、彼らがいかにちひろを愛しているか、それがよくわかる場面で物語が締めくくられています。
でも、だからこそたちが悪いともいえるのではないでしょうか。
両親は自分たちの行いがちひろにとってよくないことだとは思わないでしょうし、ちひろ自身も両親の愛に何の疑いも持っていません。
そうなると、ちひろはこの両親と関係を断つことはないでしょうし、それは宗教との縁も切れないということを意味します。
そこに不安感があるのです。
本当にちひろはこの宗教を信じ続けて大丈夫なのか。
ちひろ自身が宗教に不審を抱かなかったとしても、これからの人生の中で宗教が原因でちひろのことをよく思わない人も出てくるでしょう。
成長するにつれて人間関係も広がり複雑さを増していくはずですが、宗教がちひろの人間関係を困難にしないか、ちひろは対処していけるのか。
読後もそんな思いが次々に浮かび上がってきて、胸がざわつきます。


他にも、ちひろが恋心を抱く中学の先生が、顔は美形のようですが性格の方は難ありで、ちひろに対し乱暴な言葉を投げつける場面はぞっとせずにはいられませんでした。
見た目には特に何の問題もない人がカルト宗教に関わっていたり、暴力的な側面があったり、そういう二面性の恐ろしさに気づくたびに心がざらついて落ち着かなくなる、そんな物語でした。
☆4つ。




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