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『星の子』今村夏子

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

  • 作者:今村夏子
  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: 文庫


ちひろは中学3年生。
病弱だった娘を救いたい一心で、両親は「あやしい宗教」にのめり込み、その信仰が家族の形を歪めていく。
野間文芸新人賞を受賞し本屋大賞にもノミネートされた、芥川賞作家のもうひとつの代表作。

今村夏子さんの作品は『あひる』しか読んだことがありませんでしたが、物語全体に流れる不穏な空気が強烈に印象に残っています。
本作もやはり不穏で、終始なんともいえない不安な気持ちをかきたてられる作品でした。


不穏な要素のひとつとして、本作には新興宗教団体が登場します。
その宗教の教えがどのようなものであるのかは、あまり具体的に書かれていないので想像するしかないのですが、「からだにいい水」などの効果不明なグッズを売っていたり、主人公のちひろがあまり十分な食事を与えられていないようだったりするところから考えて、完全に無害な宗教だとは考えにくく、「カルト」だといっていいのではないかと思います。
ちひろが幼少期に身体が弱く、心配した両親がこの宗教団体の水に出会い、そのおかげで (?) ちひろが健康になったことから、両親はその宗教にのめりこんでいくようになります。
やがてちひろの姉は家出し音信不通となり、その後ちひろは叔父や叔母から「高校に進学したらうちから通わないか」と暗に両親から離れることを勧められますが、結局最後までちひろの生活は何も変わらず、最後の場面においても日常が変わらず続いていくことが示唆されています。
読みようによってはちひろというひとりの少女の、カルト宗教に関わっているということ以外は何の変哲もない日常生活を描いただけの物語と読むこともできるでしょう。
実際、ちひろは特に自分の生活にあまり不満は抱いていないように読めます。
食事が不十分なせいでお腹をすかせてはいるようですが、宗教団体の集まりでは年齢関係なくたくさんの友達がいて、学校でも自分の味方になってくれる人が少ないけれども存在していて、両親との仲も悪くない。
でも、だからこそ、読んでいて不安になるのです。


たとえば、ちひろの食事シーン。
育ち盛りの子どもがこんな食事でいいのか、といいたくなるような内容で、見方によってはこれは虐待でしょう。
ですが、ちひろの両親は決して悪人ではなく、食事内容はおそらく宗教の教義に基づくものであって、そこに悪意はみじんもありません。
それどころか、彼らがいかにちひろを愛しているか、それがよくわかる場面で物語が締めくくられています。
でも、だからこそたちが悪いともいえるのではないでしょうか。
両親は自分たちの行いがちひろにとってよくないことだとは思わないでしょうし、ちひろ自身も両親の愛に何の疑いも持っていません。
そうなると、ちひろはこの両親と関係を断つことはないでしょうし、それは宗教との縁も切れないということを意味します。
そこに不安感があるのです。
本当にちひろはこの宗教を信じ続けて大丈夫なのか。
ちひろ自身が宗教に不審を抱かなかったとしても、これからの人生の中で宗教が原因でちひろのことをよく思わない人も出てくるでしょう。
成長するにつれて人間関係も広がり複雑さを増していくはずですが、宗教がちひろの人間関係を困難にしないか、ちひろは対処していけるのか。
読後もそんな思いが次々に浮かび上がってきて、胸がざわつきます。


他にも、ちひろが恋心を抱く中学の先生が、顔は美形のようですが性格の方は難ありで、ちひろに対し乱暴な言葉を投げつける場面はぞっとせずにはいられませんでした。
見た目には特に何の問題もない人がカルト宗教に関わっていたり、暴力的な側面があったり、そういう二面性の恐ろしさに気づくたびに心がざらついて落ち着かなくなる、そんな物語でした。
☆4つ。




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