tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『まほろ駅前狂騒曲』三浦しをん


まほろ市は東京都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田と、居候になって丸二年がたつ行天。四歳の女の子「はる」を預かることになった二人は、無農薬野菜を生産販売する謎の団体の沢村、まほろの裏社会を仕切る星、おなじみの岡老人たちにより、前代未聞の大騒動に巻き込まれる!まほろシリーズ完結篇。

直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』から始まる「まほろ」シリーズの完結編がついに文庫で登場しました。
1作目を読んだのはもう8年も前、2作目でも5年前、とかなり時間が経っていますが、細かいところは忘れていても、読み始めるとたちまち物語の世界に引き込まれ、おなじみの登場人物たちのこともどんどん思い出されてくるのは、本シリーズが優れた作品である証だと思います。


東京のベッドタウンであるまほろ市で便利屋を営む多田と、ある日転がり込んできて居候になった多田の高校の同級生である行天。
このふたりの関係がやはりいいですね。
高校の同級生といっても、高校時代特に仲良くしていたわけでもなく (かなり印象的な思い出はありますが)、卒業後かなり経ってから再会するまで付き合いもなかったふたりならではの、近すぎず遠すぎない距離感が心地よいのです。
一緒に便利屋の仕事をしているといっても、行天はさぼり気味なため、「同僚」というのも「上司と部下」というのもしっくりきません。
あえていうなら「相棒」くらいが一番ふたりの関係を表す言葉にふさわしいでしょうか。
そんなふたりの前に現れるまほろ市民たちが、これまたみな個性的で楽しいです。
駅裏の路上に立つ娼婦コンビに、バスが間引き運転をしているという疑惑を持つ老人などはシリーズレギュラーですが、なんとも強烈なキャラクターです。
今回は娼婦コンビは出番が少ないですが、老人の方はある意味大活躍。
物語終盤には大騒動を引き起こす張本人となります。
なかなか迷惑な爺さんだと思うのですが、根は悪い人じゃないということもしっかり描かれているので、次は何をやらかすのかとハラハラしながらも憎めないのです。
このシリーズに登場するのは、基本的にはそういう「ちょっと変だったり厄介だったりするけれど、根っからの悪人ではない」という人物ばかりで、とても気持ちよく読めます。


さて、今作では多田が4歳の女の子「はるちゃん」を預かることになりますが、この子はなんと行天の遺伝子上の実子です。
けれども行天はちょっと病的なほどの子ども嫌いで、はるちゃんも例外ではなく断固拒否します。
はるちゃんに対する態度は大人げないとも言えるほどで、小さい子どもをこんなにも毛嫌いするのにはきっと深いわけがあるのだろう、というのは察せられますが、やがて明らかになる行天の過去には胸が痛み、腹も立ちました。
そんな行天にとって、さらには読者にとっても救いとなるのは、やはり多田の存在です。
行天は本人が恐れているような、子どもにひどいことをするような人間ではないということを、少々荒っぽいやり方で行天に教えようとする多田の思いやりに泣かされました。
その結果、少しずつではありますが恐る恐るはるちゃんと距離を縮めていく行天の姿にも泣かされます。
破天荒なところは相変わらずですが、行天が確実に過去の呪縛から解放されて成長を見せるところにホッとしました。
そのきっかけを作るのが、自身も子どもに関しては苦くつらい過去を持つ多田だというのがいいですね。
多田自身もはるちゃんの存在には間違いなく救われています。
この、はるちゃんをきっかけに多田や行天の過去がクローズアップされる部分は非常に重くて、ともすれば物語が暗いトーンになってしまいそうでもあるのですが、絶妙なタイミングでユーモアや笑いが差し挟まれて救われます。
重すぎず、軽すぎない。
このバランスの良さのおかげで、500ページを超える長さでも全くだれることなく楽しく読めました。


多田には恋の進展もあったりして、シリーズ完結編として申し分ない面白さでした。
最後に収録されている番外編短編もよかったし、非常に満足でき、心に残るシリーズとなりました。
☆4つ。


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11月の注目文庫化情報


だいぶ寒くなってきましたね。
今年もあと2か月と思うとなんだか焦りますが、読書は変わらずマイペースで進めたいものです。


今月の注目新刊は少なめ。
でもどれも読むのを楽しみにしてきた作品なので、うれしいです。
といっても、今のペースだとこれらを読めるのはもしかして年明けかも……。
まぁ、先の楽しみが用意されているというのはうれしいことですよね。
そろそろ年末恒例のランキングの話題もちらほら出てきていますが、今年はあと何冊読めるかな。
あと2か月弱で、面白い本との出会いがありますように!

『花野に眠る 秋葉図書館の四季』森谷明子


れんげ野原のまんなかにある秋葉図書館は、今日ものんびりのどか。新人司書の文子の仕事ぶりも、板についてきた。けれど、図書館を訪れる人たちには、人知れぬ悩みがあるようで……やっぱり、毎日ふとした謎が湧きおこる。そんななか、図書館の近隣で大事件が! 季節のうつろいを感じながら、またまた頼もしい先輩司書の助けを借りて、文子は謎解きに挑むが……。すべての本好き、図書館好きに捧げる、やさしいミステリ!

『れんげ野原のまんなかで』の続編にあたります。
時系列的にも前作のすぐ後から始まっているので、前作と続けて一気に読むのもいいかもしれませんね。
私が前作を読んだのはかなり前だったなと思って調べてみたら、なんと6年も前でした。
それでも読み始めると登場人物のことや舞台の秋葉市立図書館のことも思い出せてきて、しっかりシリーズものとして楽しめました。


田舎町の図書館に勤める新人司書の文子を主人公とする連作短編集です。
ただ、本作は連作短編集といってもかなり長編に近い読み心地になっていました。
というのも、登場した謎がすべて解かれ終わらないうちにひとつの話が終わってしまうのです。
あれっと思って読み進めると、その先の話で前の話の謎が解かれることもありますが、さらに謎が増えたりもして、登場人物も徐々に増え、いくつものエピソードや謎が絡まり合いながら最終話へとつながっていきます。
最初は両親の離婚問題に揺れる中学生の話で、ほっこりするいい話だなと思っていたら、次の話の最後には地中から白骨が出てくるという、いきなりの不穏な展開に。
そして物語はこの白骨をめぐる謎解きに大きく舵をきっていきます。
この白骨の謎の真相は最終話になってようやく明らかになるのですが、なんとも切なくてたまりませんでした。
日本が近現代史の中で一番大変だった時代に、その時代に翻弄された人物の人生の物語が胸に迫り、ラストは泣かされました。
表紙のイラストから受けるほんわかした印象とはちょっと違って、意外と重みのある骨太の物語です。


シリーズものとしては、前作と比べるとかなり文子が成長しているのが頼もしくてよかったです。
ブックトークやレファレンスといった司書さんならではのお仕事をしっかりこなしています。
その仕事内容も読んでいて興味深かったです。
本を分類し、整理し、保存するというだけでなく、本の魅力を人に伝えるという大切な役割を担う司書という職業がとても魅力的に書かれていてうれしくなりました。
作中に登場する本がすべて実在する本だということも、本好きにとってはうれしいですね。
中には入手が難しそうな本もありますが、きっと図書館に行って司書さんに相談すれば読めるのだろうなと思うと、楽しくなってきます。
本作で出てきた本の中では、20個もの卵を使って作る大きな卵焼き、その名も「心臓焼き」を紹介している『ゆずりうけた母の味』という本が気になりました。
料理本はあまり私にとってはなじみがないジャンルですが、こんな面白い料理を紹介している本なら見てみたいですね。
他には数々の絵本や安野光雅さんの『旅の絵本』なども気になりました。
どれもネタバレを避けながら上手に紹介しているのがさすがです。
ミステリだけではなく、ブックガイドとしても楽しめる作品だと思います。


本好き、日常の謎ミステリ好きにはたまらない作品なので、今後もシリーズとして続けていってほしいところです。
続いた場合、気になるのは文子の恋心の行方ですね。
文子がほのかな想いを寄せている相手、先輩司書であり本作の謎解き役である能勢は、既婚者です。
ですから文子自身も少なくとも今のところは能勢に想いを伝えるようなことは考えていないようですし、ハッピーエンドといえるような結末は望むべくもないと思いますが、ではこの文子の気持ちは一体どこに向かってどう落としどころを見つけるのか。
それを作者が考えているのだとしたら、ぜひ読みたいものだと思います。
☆4つ。


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