tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『れんげ野原のまんなかで』森谷明子

れんげ野原のまんなかで (創元推理文庫)

れんげ野原のまんなかで (創元推理文庫)


新人司書の文子がこの春から配属されたのは、のんびりのどかな秋葉図書館。ススキ野原のど真中という立地のせいか利用者もまばら、暇なことこのうえない。しかし、この図書館を訪れる人々は、ささやかな謎を投げかけてゆく。季節のうつろいを感じつつ、頼もしい先輩司書の助けを借りて、それらの謎を解こうとする文子だが…。すべての本好き、図書館好きに捧げるやさしいミステリ。

もうこの作品は設定が私の好みど真ん中。
図書館で生じた日常の謎を、本をこよなく愛する司書さんが解くだなんて、本好き・図書館好き・日常ミステリ好きの私のために書かれたような作品じゃないですか。
…と、同じように思いながらこの本を手に取る人が他にも少なからずいるんだろうなぁと思うと、また心のどこかがほっこりとあたたかくなるのでした。


主人公は新人司書の文子。
まだまだ修行中の身ながら、本や図書館を愛する気持ちは先輩司書さんたちにも負けてはいません。
ですが文子が配属された秋葉図書館は、地方都市・秋庭市のススキ野原のど真ん中という鄙びた場所にあり、いつも閑古鳥が鳴いていて、せっかくの素晴らしい蔵書の数々もあまり人の手に取られることがない寂しい状況です。
それでも図書館には時折珍客がやってきて、さまざまな謎を残していきます。
その謎を解くのは、文子の先輩司書である能勢。
並々ならぬ洞察力と推理力を持つ能勢のおかげで、謎はすべてきれいに解き明かされていくのでした。


考えてみれば、司書という職業と謎解きは相性がいいかもしれません。
図書館の業務の一つにレファレンスサービスというのがありますが、これは利用客が調べたい事柄に対して、資料となる本を探し、紹介する仕事です。
いわば、利用者が抱えている疑問や謎を解決する手助けをしてくれるのが、司書という職業なのです。
今の時代、インターネットで検索すれば、単純な疑問や謎は誰でもすぐに答えが見つけられる時代ですが、インターネットでは解決できない疑問や謎も当然あります。
そんな時に図書館へ行けば、司書さんが強力な味方になってくれるのです。
そんな司書さんには、幅広い知識も記憶力も洞察力も推理力も、当然必要なスキルでしょう。
そしてそれらのスキルが図書館の日常業務の中にある謎を解き明かすのにも生かされれば、それは立派にミステリとして成立する。
作者の森谷さんはいいところに目をつけられたなぁと感心しました。


謎のひとつひとつは、ほのぼのとするものから切ないもの、さらには日常の謎からは少し離れるかもしれないような少々生臭い「事件」まで、なかなかバラエティに富んでいて楽しめました。
個人的には第二話の、暗号がらみの話が一番好きです。
たくさんの書名が登場するのが図書館を舞台とする作品ならではという感じで楽しいし、明らかになった謎の真相もなかなか味わい深く、読後感がよい話でした。
それから、特にどの話がというのではなく、全体を通しての文子の能勢に対する心の動きには微笑ましいものを感じました。
文子はしっかり者のようだけど、それでも司書としては新米。
社会人としてもまだまだ新人でしょう。
このくらいの年頃だと、仕事ができて頼りになる身近な先輩に憧れるのは誰でも同じことでしょうし、その先輩が異性であった場合、憧れの気持ちがほのかな恋心に変わっていくのもよくあることだと思います。
よく気がついて頭がよくて、優しさもさりげない思いやりも兼ね備えている能勢だからこそ好きになってしまう文子の気持ちはよく分かるし、その一方でその優しさや思いやりを憎らしくも思う気持ちもやっぱりよく分かります。
なんだか自分が新人だった頃のことを思い出して、くすぐったいような切ないような気持ちになりました。


図書館業務のことだけでなく、作中に登場する書名のほぼすべてが実在する書籍であるということからも、作者の本好き具合がうかがえて、同じ本好きとしてはとてもうれしく思いました。
季節の移り変わりと図書館の周りの自然の描写も美しく、特にミステリ好きではない人であってもなかなか気持ちよく読める作品ではないかと思います。
☆4つ。