tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン』小路幸也


明治時代から続く古本屋を舞台にした“東京バンドワゴン”シリーズは、皆様に愛されてついに第十巻目!さて、今回のお話は、真夏の幽霊騒動、そっと店に置き去りにされた謎の本をめぐる珍事、そして突如湧き起こる我南人引退危機!?や研人の高校受験の顛末など、笑いと涙の全四編。堀田家恒例の全員勢揃いの騒々しい朝食シーンや、初公開の堀田家の正月もお楽しみ。結局、「LOVEだねぇ」!

本作で10巻目ということは、毎年4月は「東京バンドワゴン」シリーズを読む月となってから、早くも10年ということですね。
思いがけず長い付き合いになり、しかもまだまだお付き合いが続いていきそうなのが、とてもうれしいです。
今年も無事に堀田家との再会を果たし、変わらぬ部分にも、変わっていく部分にも、ほっこりあたたかい気持ちになりました。


まずは、変わらぬ部分。
サチおばあちゃんによる堀田家+アルファの紹介で復習をしてから物語へ入っていけるこの安心感は、「東京バンドワゴン」シリーズならではだなと思います。
長く続くシリーズであり、登場人物が多いということに配慮してのことだと思いますが、いきなり物語が始まるよりは、こうしてワンクッションを置いて前の巻のことを思い出してからの方が、すんなりと読み始められますね。
そして、家族そろっての賑やかな朝食シーン。
かんなちゃん鈴花ちゃんが成長してきた最近の巻では、ふたりが家族全員の席を決めていくシーンが追加され、これがまたかわいくていいのです。
その後の騒がしくも楽しげな会話、勘一の奇妙奇天烈な創作料理 (?) も、10作目でも決して飽きない楽しさがあります。
勘一の創作料理、今作はわりとまともな方だったかなぁ……。
ネタを考えるのも大変そうですが、ぜひ今後もずっと続けてほしい「お約束」です。
そして、何か事件や騒ぎがあって、一騒動の後解決して、我南人の決め台詞「LOVEだねぇ」が炸裂してハッピーエンド、というのが定型パターン。
マンネリもマンネリですが、この変わらない骨格がしっかりと確立されているからこそ、後に述べる変わっていく部分を無理なくすんなり受け止められるのだと思います。


そして、変わっていく部分。
サザエさん」や「ドラえもん」などとは違って、この「東京バンドワゴン」シリーズでは作中でも時が流れていて、登場人物は1作ごとにひとつ歳をとっていきます。
歳をとるということは、変化を避けられないということ。
花陽ちゃんはすっかりお年頃の高校生になって医学部を目指して勉強に励んでいますし、研人くんは我南人の影響を受けて音楽好きになり、前巻では高校には進学せずにイギリスへ行きたいと言い出して家族と読者を大いに驚かせました。
そんな研人くんの高校受験の顛末が本作で描かれているのですが、そのエピソードがこの巻では一番好きです。
何と言っても最後に研人くんに対し啖呵を切る花陽ちゃんが最高です。
優等生でまじめな印象の花陽ちゃんですが、言うときは言いますね。
それだけ芯が強い子だということでしょうし、堀田家の男性陣に対する痛烈な批判が的を射ていて痛快です。
そんな花陽ちゃんを冷静に見つつ、ツッコミを入れる語り手のサチおばあちゃんにも笑わせられました。
堀田家の女性たちはみんなしっかり者で頼もしくて、だからこそ大家族がバラバラにならず仲良くやっていけるんだろうなと思います。


次巻は花陽ちゃんがいよいよ大学受験ですね。
高校2年ですでに勉強に本腰を入れて頑張っている花陽ちゃんですから、笑顔の春を迎えられるといいなと願っています。
そうそう、誰かは触れませんが、この巻ではおめでた話もあったのでした。
新たな命が誕生するであろう次巻が、早くも楽しみです。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『屋上のテロリスト』知念実希人

屋上のテロリスト (光文社文庫)

屋上のテロリスト (光文社文庫)


一九四五年八月十五日、ポツダム宣言を受諾しなかった日本はその後、東西に分断された。そして七十数年後の今。「バイトする気ない?」学校の屋上で出会った不思議な少女・沙希の誘いに応え契約を結んだ彰人は、少女の仕組んだ壮大なテロ計画に巻き込まれていく!鮮やかな展開、待ち受ける衝撃と感動のラスト。世界をひっくり返す、超傑作エンターテインメント!

あらすじを読んで設定に惹かれたので手に取ってみました。
文庫派の私には、文庫書き下ろしは文庫化を待たずに著者の最新作が読めるという点でたいへんありがたいです。


本作はいわゆるパラレルワールドものですね。
二度の原爆投下の後、ポツダム宣言を受諾しなかった日本が舞台となっています。
1945年8月15日以降も太平洋戦争が続行した結果、3つ目の原爆が新潟に投下され、九州は連合軍に、北海道はソ連に侵攻されて、日本は東日本連邦皇国と西日本共和国の二つに分断されました。
それから70年以上経った西日本共和国のとある高校で、自殺願望を持った少年・彰人は、謎の美少女・沙希に出会います。
彰人は沙希の頼みを引き受け、彼女のボディーガードとしてテロ計画に関わっていくことになります。
ポツダム宣言を受諾しなければ連合国ソ連によって日本は二つに分断されていた……というのはなかなか説得力があって、突飛でない分すんなりと設定を受け入れてストーリーに没入できました。
西の大統領、東の書記長など、両国のトップや軍も登場し、緊迫した事態がスピーディーに描写されていき、サクサクと軽快に読めるエンタテインメントです。
内容も重すぎず軽すぎずでちょうどいい感じでした。


が、読んでいる途中はわりと楽しく、面白かったのですが、読み終えてみるとなんだか物足りなさも感じました。
設定はあらすじを読んで惹かれたとおりとても良いと思ったのですが、どうもその設定を最大限には活かしきれていない気がします。
もっといろいろストーリーに広がりを持たせることもできる設定だと思うのですが、ちょっと小さくまとまりすぎてしまったでしょうか。
物語の主眼はテロ計画ではなくボーイ・ミーツ・ガールなのかもしれませんが、それでも惜しいなぁという感想にどうしてもなってしまいます。
また、帯の「あなたは100回騙される!」という惹句にも違和感があります。
個人的には、沙希と彰人が東で会う老人の正体も、西側の首脳陣の中に潜む沙希の協力者が誰かも、大体見当がついてしまったので大きな驚きはなく終わりました。
それでもストーリー的には面白いのだから、出版社のアピールポイントがずれているのか、私がミステリ慣れしすぎて多少のことには騙されなくなってしまっているのか、どちらかわかりませんが、少なくとも私ならこんな惹句はつけません。
そういう意味でも惜しい作品だなという印象になってしまいました。


設定は本当に私の好きなタイプのもので、文章も非常に読みやすく描写も分かりやすいので、もう少しどっぷりとこの世界観に浸らせてほしかったというのが正直な感想です。
結末からすると続編がありそうにも思えるので、ぜひ次はさらにスケールを広げた物語を書いてみてほしいと思います。
☆3つ。

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川恵海


ブラック企業にこき使われて心身共に衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうしたところを「ヤマモト」と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで?気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった―。スカっとできて最後は泣ける、第21回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞”受賞作。

今月末に公開予定の映画の原作本です。
映画は観るかどうか分からないけれど、とりあえず原作を読んでみよう……というのは本好きにはよくあるパターンかもしれません。
この作品もタイトルだけは知っていたのですが、映画化という話がなかったら読んでいなかったかもしれないと思うので、映像化やメディアミックスはやはり宣伝効果が大きいんだなと思います。


さて、今話題の「働き方改革」にも大きく関わってくるこの作品、実にタイムリーな内容だと思うのですが、個人的には読むのに少々不安もありました。
というのも、感情移入しすぎそうな気がしたから。
本作の主人公・青山隆は、中堅どころの印刷会社に就職した新人サラリーマン。
まだ社会人として経験不足の隆は、尊敬できる優しい先輩・五十嵐に助けられながら必死で営業職の仕事をこなそうとするも、激務と長時間勤務で睡眠時間を削り、パワハラ上司に怒鳴られ罵倒される日々に疲弊し、ある日駅でフラフラと線路に身を投げそうになります。
そこを助けてくれたのが、「ヤマモト」と名乗る男。
小学校の頃の同級生だというヤマモトと、隆は食事をしたり一緒に買い物をしたりする友人関係になっていきます。
けれどもヤマモトは実は同級生でないことが分かり、彼の正体を疑問に思った隆がインターネットで彼の名前を検索すると、思わぬ事実が判明し――というストーリー。
私自身、新卒で就職した会社では、長時間労働パワハラに苦しんだので、隆の気持ちが手に取るようにわかって、やはりちょっと苦しい気持ちにはなりました。
ただ、もう辞めてからかなり経つので、それほど感情移入しすぎずに済んだようで、わりと冷静に読めたかなと思います。
重い内容ながら、ラノベならではの軽さがあったのがよかったです。
隆の苦しみに同情したり自分自身と重ねあわせたりしながらも、さらっと読めました。


この作品を読んでいて気づいたのは、心と身体が疲れて余裕がなくなってくると、思い込みに囚われて他の考え方ができなくなる、それが一番の問題なんだなということでした。
主人公の隆の場合、親という存在を忘れてしまっています。
いわゆる毒親というのではなく、ごく普通の親ならば、離れていても子どもの身を案じているもの。
子どもに何かあったら一番悲しみ、苦しむのは親であり、たとえ恋人がいなかったり友達が少なかったりしても、自分を想ってくれる存在がいないわけではないのだという当たり前のことを、隆は意識の外に追いやってしまっていて、自分のことしか考えられなくなっています。
そして、せっかく正社員として就職できたのだから、簡単に辞めてはいけないと思い込んでいます。
世の中にはたくさんの会社や仕事や働き方があって、ひとつの職にこだわる必要などないのに。
辛いのに我慢して働き続けたところで、会社がその頑張りに報いてくれる保証などどこにもない時代なのに。
ですが、きっと、隆だけではなく、ブラック企業で働く多くの人がそんなふうになってしまっているのではないでしょうか。
もう少し余裕があれば本人にも分かるはずなのに、追いつめられて疲弊して余裕がないために気付けない、そんな場合はどうすればいいかというと、本作のヤマモトのように、周りにいる人間が気付かせてあげるべきなのでしょう。
今の私は幸いなことに心身ともに余裕がある状態です。
一番大切なものは何なのか、大切なものを大切にするためにどうするべきなのか、気付けないで辛そうにしている隆のような人がもしも周りにいたら、私もヤマモトと同じように救う努力をしたいと思いました。


疲れ気味の人でもさらりと読める作品なので、ぜひ多くの働く人に読んでほしいなと思いました。
映画では隆の憧れの先輩・五十嵐が女性に変更されているんですね。
その変更がどんなふうに作用してくるかが気になります。
原作の五十嵐は、ちょっと……なキャラクターでしたからね。
☆4つ。