tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『有頂天家族 二代目の帰朝』森見登美彦


狸の名門・下鴨家の矢三郎は、親譲りの無鉄砲で子狸の頃から顰蹙ばかり買っている。皆が恐れる天狗や人間にもちょっかいばかり。そんなある日、老いぼれ天狗・赤玉先生の跡継ぎ“二代目”が英国より帰朝し、狸界は大困惑。人間の悪食集団「金曜倶楽部」は、恒例の狸鍋の具を探しているし、平和な日々はどこへやら…。矢三郎の「阿呆の血」が騒ぐ!

京都を舞台に狸と天狗と人間が入り乱れて大騒ぎの楽しいファンタジー作品、『有頂天家族』に続編が登場しました。
前作は7年も前の作品で、忘れた頃に続編が出たというよくある (?) パターンですが、実は三部作の予定だったとのことですので、本作は第二部ですね。
前作と同じような狸界のドタバタ騒ぎを描きつつ、強烈な個性の新キャラクターが登場したり、人間関係……じゃなくて狸関係にもいろいろな変化が出てきたりと、さらにパワーアップした物語が非常に面白かったです。


真面目でお堅いけれど怒りが頂点に達すると虎に変身してしまう長男・矢一郎、蛙と化して井戸の底に引きこもっている次男・矢二郎、狸界のあれやこれやの騒ぎに首を突っ込む三男にして本シリーズの主人公・矢三郎、そして偽電気ブラン工場で科学実験 (?) に勤しむ四男・矢四郎。
この下鴨家4兄弟がとても好きです。
それぞれ違う個性を持っていますが兄弟の絆は固く、騒動が起こるたびに助け合っている様子にほのぼのします。
今回は長男の矢一郎におめでたい話が持ち上がるのですが、お相手の南禅寺玉瀾がこれまた素敵な狸でした。
矢一郎と玉瀾が、将棋盤に向かい合うばかりでなかなか関係を進められないのがなんとももどかしくて不器用で可愛いのです。
主人公の矢三郎も、元許嫁の海星との間に進展が――?
と思いきや、やっぱりこのシリーズの真のヒロインは弁天様なのかな、と思える展開になっていくので油断がなりません。
意外にもラブコメとしても楽しめました。


でも、やっぱり「有頂天家族」シリーズの真骨頂は、ドタバタ大騒動にあります。
叡山電車が京都の夏の夜を飛ぶ場面、そしてそこで起こる夷川家とのひと悶着は特にワクワクしながら読みました。
狸が化けた電車が空を飛ぶなんて、想像するだけで楽しくなります。
有頂天家族」は二度にわたってアニメ化されていますが、特にこの場面はアニメ向きでしょうね。
荒唐無稽で、ファンタジックで、賑やかで楽しい。
どこかスタジオジブリの作品にも通ずるところのあるような、そんな世界観の中で、私も偽叡山電車に乗って五山の送り火を鑑賞してみたくなりました。
また、下鴨家と夷川家の歴史的和解からの再対決、二代目と弁天の天狗大戦と、バトルシーンも充実しています。
狸と天狗と人間による激しい化かし合いと騙し合いは、愉快で爽快でちょっぴり恐ろしくて、思わぬどんでん返しもあったりなんかして、最後まで飽きることがありませんでした。
「毛深くも不毛」のような言葉遊びも楽しく、京都のみならず有馬温泉や琵琶湖や四国やとあちこちで活発に活動する狸たちの物語を読んでいると、本当に人間に化けた狸が各地の人混みの中に交じっているのかも、と思えてきます。


ラストの切なさは何とも言えません。
阿呆な大騒動を描く作品だと思っていたら、思わぬシリアスな雰囲気で幕が閉じたので少々びっくりしつつ、続編が楽しみにもなりました。
森見さん、次は7年も待たせないでくださいよ!
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

5月の注目文庫化情報


5月になり、過ごしやすい季節になりました。
今月は東野さんの新刊が!
大好きな「学生アリス」シリーズの新刊もうれしいです。
あと、梨木さんの『冬虫夏草』って『家守綺譚』の続編ですよね。
『家守綺譚』、好きだったのでうれしいのですが、読んだのがだいぶ前なのでもうかなり忘れてしまっているなぁ……。
今月もマイペースで読書していきます!

『ホリデー・イン』坂木司

ホリデー・イン (文春文庫)

ホリデー・イン (文春文庫)


元ヤンキーの大和と小学生の息子・進の期間限定親子生活を描いた「ホリデー」シリーズ。彼らを取り巻く愉快な仕事仲間たち、それぞれの“事情”を紡ぐサイドストーリー。おかまのジャスミンが拾った謎の中年男の正体は?完璧すぎるホスト・雪夜がムカつく相手って??ハートウォーミングな6つの物語。

突然自分の前に現れた息子に戸惑い、素直になれない元ヤンキーのホスト・大和と、家事万能でしっかり者の小学生・進の、ぎこちない親子関係が微笑ましい「ホリデー」シリーズ。
『ワーキング・ホリデー』と『ウインター・ホリデー』でこの親子の魅力に取りつかれた人にはうれしい番外短編集が、この『ホリデー・イン』です。
「ホリデー」シリーズは脇役の魅力も大きいのですが、本作はその脇役たちこそが主役。
ファンにとってはたまらない作品集だと思います。


雪夜やナナなど、シリーズの登場人物たちのこれまで描かれることのなかった内面に迫っていて、それぞれの人物を深く知れてもちろんうれしいのですが、本作についてはただただ、「ジャスミン最高!」の一言に尽きます。
ジャスミンとは、大和が働くホストクラブのおかまのママさん。
親から受け継いだ不動産業も営んでいるというやり手の実業家の側面もあります。
収録されている6編のうち、「ジャスミンの部屋」「前へ、進」「ジャスミンの残像」の3編がジャスミンメインの話です。
「前へ、進」は厳密にはタイトル通り進視点の物語なのですが、登場するジャスミンが本当に素敵で、語り手の進と一緒にじんわりと泣けてきました。
とにかく、一本筋が通っていてぶれないところがかっこいいんですよね。
性的マイノリティとしてきっと辛い思いもしてきたのだろうし、苦労の多い人生を強いられてきたかもしれない、でも、だからこそ強い信念を持ち、その一方で情に厚いところもある人なのです。
どこか危なっかしい大和と、しっかり者とはいえ小学生の進をあたたかく見守り、導き、背中を押すジャスミンの懐の深さ、愛情の深さに、ほっこりと心が温まりました。
特に「ジャスミンの残像」で描かれる、ジャスミンと大和の出会いの物語がよかったです。
「ホリデー」シリーズ本編は大和視点なので、今回初めてジャスミン視点の物語を読んでジャスミンの大和に対する気持ちを知って、ますますジャスミンのことが好きになりました。


そんなふうに「ジャスミン最高!」な1冊ではあるのですが、もちろん他の話も楽しく読みました。
「前へ、進」での、進が大和に会いに行くことになるまでの経緯と、一生懸命前へ進んでいこうとする進の姿はなかなか泣けました。
「大東の彼女」では大東と元・女子プロレスラーの武藤さんとの関係にエールを送りたくなるし、「ナナの好きなくちびる」ではナナのちょっと苦い過去に胸がギュッとなった後、現在のナナが発する言葉にほっとさせられました。
6つのお話全てどれも読後感がよく、あたたかい気持ちになれます。
ただ、本編シリーズはできる限り読んでからの方がいいかもしれません。
巻末解説の藤田香織さんが丁寧に本編とのつながりを説明してくださっていて、本編も再読したくなりました。
☆4つ。
ところで坂木司さんは今年作家生活15周年だそうで、今年中にあと3作の文庫化が予定されているとのこと。
全て楽しみです。
「ホリデー」シリーズとはまた違った味わいの作品にも期待しています。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
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