tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ようこそ授賞式の夕べに 成風堂書店事件メモ (邂逅編)』大崎梢


書店員がその年一番売りたい本を選ぶ書店大賞。その授賞式の当日、成風堂書店に勤める杏子と多絵が会場に向かおうとした矢先、福岡の書店員・花乃が訪ねてくる。「書店の謎を解く名探偵」多絵に、書店大賞事務局に届いた不審なFAXの謎を解いてほしいという。同じ頃、出版社・明林書房の新人営業マンである智紀にも、同業の真柴を介して事務局長直々に同様の相談が持ち込まれる。華やかな一日に不穏な空気が立ちこめて……。授賞式まであと数時間。無事に幕は上がるのか?! 〈成風堂書店事件メモ〉×〈出版社営業・井辻智紀の業務日誌〉、両シリーズのキャラクターが勢ぞろい。書店員の最も忙しい一日を描く、本格書店ミステリ。

中堅規模の書店で働く杏子と女子大生バイトの多絵が、書店の日常業務の中で出会う謎に挑む「成風堂書店事件メモ」シリーズ。
そして、出版社の若手営業マン・智紀の仕事ぶりと謎解きを描く「井辻智紀の業務日誌」シリーズ。
どちらも大崎梢さんの代表作と呼べる人気シリーズですが、ついにこのふたつのシリーズが合体しました。
両方のシリーズを読んでいる人間にとってはたまらないコラボレーション。
おなじみのキャラクターたちがわいわいとひとつの場所に集まっていく様子に、胸が躍りました。


タイトルにある「授賞式」とは、書店員が選ぶ文学賞「書店大賞」の授賞式のことです。
どこかで聞いたような名前ですよね。
そうです、すっかり本に関する賞として世間的にも定着した感のある「本屋大賞」をモデルとしています。
「書店大賞」発表と授賞式の当日に、杏子と多絵の成風堂書店コンビ、そして智紀と出版社営業マン仲間たちが、各々ある謎を追うことになります。
その謎とは、書店大賞事務局に脅迫状めいた差出人不明のFAXが届いたというもの。
そのFAXは一体誰が、何を目的として送ったものなのか。
授賞式の開会が刻々と迫る中、杏子たち、そして智紀たちは、それぞれ謎の真相に迫っていきます。
やがて二組は邂逅を果たし、華やかな授賞式に忍び寄る悪意に気付きますが――。


ミステリですし、なかなか不穏な雰囲気にもなりますが、死人は出ないので安心です。
読者が登場人物と一緒に推理を楽しめるタイプの謎解きではありませんが、個性豊かなキャラクターたちがあちこち駆けずり回りながら謎の手がかりを探していく様子を楽しむミステリですね。
意外性やどんでん返しがなくても、真相に迫っていく過程そのものが面白いのです。
そして何より、書店大賞という書店員にとっての晴れ舞台ともいえる大イベントの雰囲気が生き生きと描かれているのがよいなと思いました。
自分も書店員だったらぜひ参加してみたいと思えます。
特に、杏子たち書店員女子が、各自投票した作品について語り合う場面が非常にうらやましく感じました。
私も周りに読書好きがいないわけではないのですが、読書といっても本には文芸作品だけでなくいろいろなジャンルがありますからね。
なかなか好きな小説について盛り上がる機会は、日常生活の中にはありません。
書店員ならやはりそういう日常がある、というよりそういう機会作りの役割を書店大賞という文学賞が担っているのだろうと思いますが、それはとても素敵なことだと思います。
書店大賞、そしてモデルである本屋大賞には、問題点も批判も存在することは事実です。
本作でもそのことについては逃げずにちゃんと言及しています。
ただ、書店や出版社や作家さんが一体となって盛り上がり、マスコミにも大きく取り上げられる話題性の高いイベントに育っていることも確かで、それはやはりこの出版不況の時代において有意義なことだと思うのです。
ただの本好きにすぎない私も本屋大賞の発表は毎年楽しみにしていますし、これからも長く続けていってほしいと思っています。
本を作る人、売る人のさまざまな想いがこもったイベントの様子を、本好きのひとりとしてわくわくするような、心強いような気持ちで読みました。


今年ももうすぐ本屋大賞発表の日がやってきます。
さあ、どの作品が今年の大賞を射止めるのでしょうか。
毎年楽しみな賞が、この作品を読んだことでさらに楽しみになりました。
☆4つ。



●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
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『春、戻る』瀬尾まいこ

春、戻る (集英社文庫)

春、戻る (集英社文庫)


結婚を控えたさくらの前に、兄を名乗る青年が突然現れた。どう見ても一回りは年下の彼は、さくらのことをよく知っている。どこか憎めない空気を持つその“おにいさん”は、結婚相手が実家で営む和菓子屋にも顔を出し、知らず知らずのうち生活に溶け込んでいく。彼は何者で目的は何なのか。何気ない日常の中からある記憶が呼び起こされて―。今を精一杯生きる全ての人に贈るハートフルストーリー。

瀬尾まいこさんの作品は無条件でめちゃくちゃ好き、というわけではないのですが、読むと「ああ、いいなあ」と思わせるものが全ての作品にあって、常に気になる作家さんです。
作品数は多くないですし、大長編やスケールが壮大な物語というのもなく、ごく日常的な題材を扱う穏やかで、地味ながらしみじみといい作品を丁寧に書かれています。


本作の主人公は36歳で元小学校教員という経歴を持つ女性、さくらです。
彼女は小さな和菓子屋を両親と共に営む山田さんという男性との結婚を控えています。
そのさくらの前にある日突然さくらの兄だという人物が現れます。
けれども彼はどう見てもさくらより年下で、さくらもさくらの家族も彼のことに心当たりがありません。
名前も住所も教えてくれない謎の「おにいさん」とさくらとの奇妙な交流が始まりますが――。


あらすじだけを見るとSFかファンタジーかミステリか、はたまたホラーか!?と思えますが、もちろんそんなことはありません。
やがて明らかになる「おにいさん」の正体は非常に常識的な範囲内に収まりますのでご心配なく。
その「おにいさん」がマイペースで自由奔放で口が悪くて、となかなか困った人物なのですが、悪い人ではなくさくらのことを本当に大切にしていて、さくらも困惑していたのが次第に「おにいさん」のペースに巻き込まれるうちに彼とのきょうだい関係を楽しむようになっていきます。
主人公がそんなだからか、読者もなんだか細かいことは気にならなくなってきて、この不思議な関係を受け入れようになるのが面白いところ。
それほど若くはないとはいえ、独身女性に本当かどうか分からない変なことを言ってつきまとう男性だなんて、普通に考えると怪しすぎるのですが、「おにいさん」に悪意がないことは伝わりますし、危険はなさそうだと分かればふたりの関係の謎を楽しむようにすらなってきます。


「おにいさん」を怪しんでいないのは、さくらの婚約者である山田さんも同じです。
自分の婚約者に変な男がくっついていたら面白くないのが当たり前で、怒っても仕方ないところですが、山田さんは疑いもなく自然に「おにいさん」を受け入れます。
その様子がとても余裕があり落ち着いていて、38歳という年齢のせいかもしれませんが、「大人の男」を感じさせます。
見た目は大柄でのっそりしていて決してイケメンではないようですが、その穏やかで包容力のある人柄に、確かに結婚するならこんな人がいいなと思わされました。
お見合いに近い形で出会い、恋人同士の熱い愛情で結ばれているわけではないさくらと山田さんですが、だからこそ結婚前から地に足の着いた現実的な関係があって、かといって冷たいわけでもなくあたたかいものが通い合うふたりなら、きっとよい夫婦になれるだろうと心がほっこりします。


「おにいさん」や山田さん、自分の家族や山田さんの両親など、周りの人々のあたたかさに包まれて、さくらがそれまで記憶から消していた過去の苦い経験と向き合うラストが優しく心に沁みました。
夢を叶えるということが、必ずしも幸せになるということにつながるとは限らない、むしろ夢を叶えたその先こそが本当の試練なのでしょう。
結婚も同じでそれはゴールではなくスタートに過ぎない。
結婚後、もしかしたら辛いことや悲しいこともあるかもしれません。
でも、さくらと山田さんなら何が起こってもちゃんとふたりで力を合わせて乗り越えていけるのではないかと思います。
読了後、タイトルに込められた作者の優しさを噛みしめてほろりとしました。
そう、春はやってくるのではなく、戻ってくるものなのでしょう。
何度でも、誰にでも。
この時期に読めてよかったと思える素敵な中編でした。
☆4つ。

『旅猫リポート』有川浩

旅猫リポート (講談社文庫)

旅猫リポート (講談社文庫)


野良猫のナナは、瀕死の自分を助けてくれたサトルと暮らし始めた。それから五年が経ち、ある事情からサトルはナナを手離すことに。『僕の猫をもらってくれませんか?』一人と一匹は銀色のワゴンで“最後の旅”に出る。懐かしい人々や美しい風景に出会ううちに明かされる、サトルの秘密とは。永遠の絆を描くロードノベル。

ひさしぶりに本を読んで大泣きしました。
途中から「これはヤバいな~」と思い始めたので、最後の方はひとりきりになれる場所で読んで大正解。
電車の中やカフェなど、公共の場所で読んでいたらとんでもないことになっていたと思います。


愛猫・ナナを手放さなくてはならなくなった青年・サトルが、ナナとの出会いのきっかけでもある銀色のワゴン車に乗って、ナナと共に旅をする物語です。
ひとりと一匹が車でまわるナナの新しい飼い主候補たちは、みなサトルの古い友人たち。
旅が進むにつれて、サトルの生い立ちや人となり、ナナを手放さなければならない理由などが、少しずつ明らかになっていきます。
そうやって徐々にサトル、そしてナナのことを知っていくのはとても楽しく、どんどん感情移入してどんどんサトルとナナが好きになっていきました。
どちらかというと猫より犬派の私ですが、ナナはとてもかっこよくて、愛らしくて、素敵な猫でした。
ナナの一人称で書かれているパートがとてもよかったです。
猫がしゃべったらこんな感じだろうなぁというのがそのまま出ていて、人間との接し方にも、他の猫や犬との交流にも、猫っぽさが存分に表れていて楽しくなります。
サトルの視点から書かれた部分というのはこの作品には存在しないのですが、それでもナナの目を通してサトルがどんなふうにナナと接しているのか分かるように書かれているのが素晴らしいなと思いました。


もちろんサトルの旧友たちのエピソードもどれもよかったです。
小学校時代、中学時代、高校時代、大学時代と、その時々のサトルの姿が浮かび上がってきます。
中にはつらいエピソードもあって、胸が痛んだりもしますが、サトルがよき友人たちとよき付き合いをしてきたこと、しっかりと周囲に愛されてきたことが伝わってきて、心があたたかくなります。
少しだけラブコメっぽいエピソードも登場するのは有川さんらしいですね。
とはいえ本作は決して『図書館戦争』や『植物図鑑』のようなラブコメではありません。
でも、ラブストーリーではあるのだと思います。
ひとりの人間と、一匹の猫との。
誰も立ち入れなさそうなサトルとナナとの固く結ばれた絆と、お互いが相手を想う気持ちの強さに泣かされます。
「最後の旅」が終わった後も、このひとりと一匹は永遠に共にいるのだと、そう思うと泣きながらではありますが明るい気持ちで読み終えることができました。


最近本を読んでも映画を観ても以前ほど泣くことがなくなっていたので、感受性が鈍ってきたのだろうかとちょっと不安になっていたのですが、そういうわけでもなかったようでなんだかホッとしました。
「ラジオ番組で本について熱く語る俳優のコダマさん」だとか、「フキの葉の下に住んでる小さな人」だとか、有川作品の読者なら「おっ」と反応せずにはいられない小さなおまけ要素もうれしい作品でした。
☆5つ。