tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『女が死んでいる』貫井徳郎

女が死んでいる (角川文庫)

女が死んでいる (角川文庫)


二日酔いで目覚めた朝、寝室の床に見覚えのない女の死体があった。玄関には鍵がかかっている。まさか、俺が!?手帳に書かれた住所と名前を頼りに、女の正体と犯人の手掛かりを探すが―。(「女が死んでいる」)恋人に振られた日、声をかけられた男と愛人契約を結んだ麻紗美。偽名で接する彼の正体を暴いたが、逆に「義理の息子に殺される」と相談され―。(「憎悪」)表題作他7篇を収録した、どんでん返しの鮮やかな短篇集。

確かどこかのインタビューか何かで、貫井さんが「短編は苦手」とおっしゃっているのを読んだ気がしますが、いやいやどうして。
本作を読むととても「苦手」だとは思えません。
ストーリーにも謎解きにもバリエーションがあって、貫井さんの器用さが感じられる作品集でした。
少し古めの作品が多く、携帯電話が出てこなかったりするなど、今読むとその時代設定にも逆に新鮮味がありました。
では1作ごとの感想を。


「女が死んでいる」
まずは表題作。
男がある朝目覚めると、見覚えのない女が自室で死んでいるのを発見した、という衝撃の場面から始まる物語です。
そこから少しずつ女の素性が明らかになって行き、意外な事実へとたどり着く展開は、まさに謎解きミステリの王道。
主人公の男が酒癖も女癖も悪いという、どうにも共感しづらい人物で、とんでもない奴だな~と思いながら読んでいたら、巻末の解説によるとお笑いコンビ・ライセンスの藤原一裕さんをモデルに書いた企画ものだとのことで、ある意味謎解きよりも驚いてしまいました。
最後に多少の救い (?) があるものの、貫井さん容赦がないですね。


「殺意のかたち」
青酸カリによる中毒で死んだ男、他殺と思われるが殺したのは誰か?というフーダニットです。
登場人物の数が少ないので当然容疑者も少なく、絞り込むのは簡単なように思えるのですが、話のひっくり返し方がさすがにうまいですね。
まったく無駄のないストーリー展開で、シンプルな中に意外性があるという、短編ミステリならではの面白さを存分に味わえました。


二重露出
店の前の公園に住みついたホームレスが放つ悪臭が原因で客入りが激減した飲食店の主人が、たまりかねてホームレスを殺害するという話なのですが、これは意外性の作り方がうまいですね。
ホームレスの臭いに悩まされる飲食店というのはふたつあって、蕎麦屋と喫茶店なのですが、どちらの主人がホームレスを殺したのか?という話なのかと思いきや、想像とは違ったところから意外性が現れて、そう来たか、という感じです。
それにしても、もちろん殺人は許されないことですが、ホームレスの悪臭で店が傾くなんて、思わず同情せずにはいられませんでした。


「憎悪」
自分のことを何ひとつ語らず、名前すら偽名を使っているらしい男性の愛人になった女性が、その男性の素性を知ろうとしたところ、その男から思わぬことを告げられる、という筋書きです。
スリードが巧みで、真相にも驚かされましたが、女性が男の素性を探る過程もサスペンスとして楽しめました。
ラストシーンは背筋が寒くなりました。


「殺人は難しい」
いきなり【問題編】と来たので、読者への挑戦状付きミステリ?とワクワク。
巻末の解説によると、NHKのドラマ企画でコラボした作品なんですね。
ケータイ小説として配信されたそうで、その形態に合わせてか、軽めの文体が読みやすいです。
珍しくこの作品だけは「たぶんこういうことかな」と確信はないながらもネタを見抜くことができました。
正解率は低かったらしいので、ちょっとうれしい気持ちになりました。


「病んだ水」
とある産廃業者の社長の娘が誘拐されるも、犯人が要求してきた身代金がたったの30万円という、奇妙な事件を描いた話です。
ミステリとしてももちろん面白いのですが、本作は社会派の一面があって、日本のゴミ行政について考えさせられる内容になっていました。
誘拐事件の動機につながる「ある問題」は、日本のどこででも起こり得ることで、決して他人事ではないのだと思わされます。


「母性という名の狂気」
子どもに対する虐待の描写に重い気持ちになりながら読んでいくと、予想外の展開に驚き、その真相にさらに気分が重くなってしまいました。
救いがなさすぎてあまりにつらい。
貫井さんの作品は後味が悪いものも多いですが、本作も読後感は最悪でした。


「レッツゴー」
ひとつ前の作品の読後感が悪かったので、この作品の適度な軽さには救われました。
女子高生の恋愛話であり、題材としても血なまぐささがなく、気持ちよく読み終えることができます。
主人公の女子高生と姉の関係も、女きょうだいのいない私には、なんだかいいなあとうらやましく感じられました。


ライトミステリからサスペンス、社会派ミステリまで、幕の内弁当のようにさまざまな味が楽しめるお得な作品集でした。
単行本にまとめられていない貫井さんの短編はまだまだたくさんあるとのこと。
ぜひそれらを読める機会を作ってほしいと思います。
☆4つ。