tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『我が心の底の光』貫井徳郎

我が心の底の光 (双葉文庫)

我が心の底の光 (双葉文庫)


母は死に、父は人を殺した―。五歳で伯父夫婦に引き取られた峰岸晄は、中華料理店を手伝いながら豊かさとは無縁の少年時代を過ごしていた。心に鍵をかけ、他者との接触を拒み続ける晄を待ち受けていたのは、学校での陰湿ないじめ。だが唯一、同級生の木下怜菜だけは救いの手を差し伸べようとする。数年後、社会に出た晄は、まったき孤独の中で遂にある計画を実行へと移していく。生きることに強い執着を抱きながらも、普通の人生を捨てた晄。その真っ暗な心の底に差す一筋の光とは!?衝撃のラストが心を抉る傑作長編。

貫井さん、相変わらず容赦がないなあ……とある意味感心してしまいました。
ここまで救いのない話を書ける作家さん、なかなかいませんよ (褒めてます)。
モノクロの装丁のイメージそのままの、暗めの物語です。


物語は主人公の晄 (こう) の少年時代から青年時代までを描いています。
同級生から万引きを強要されるといういじめを受けるも、特に抵抗するでもなく、万引きに手を染める中学生の晄。
高校では他人のクレジットカードを悪用してノートパソコンをタダで手に入れ、高校卒業後はサラ金に就職して取り立ての仕事に従事し、その後も不動産詐欺を企み、人を罠にかけ……どんどん裏社会への道を歩んでいく晄にハラハラさせられ、ページを繰る手が止められなくなります。
不気味なのは、そうした悪事を行う晄の心理描写がほとんどないため、非常に淡々と悪いことを悪いとも思わずやっているように読めて、晄が血の通った人間のように思えないところです。
晄がどんな意図を持っているのかが最終盤まで明かされないのも、不気味さに拍車をかけています。
なぜこんなことを?
一体何を考えているの?
この物語の行きつく先は?
終盤にすべてが明らかになるまで、さまざまな疑問が常に心に渦巻く状態で読み続けることになりました。


そうしてたどり着いた物語の佳境で、主人公の晄の行動に大いに驚かされることになりました。
常識では考えられないことを何気なくやっているので、「えっ!?」と思わずその箇所を二度読みしたくらいです。
その後に明かされるこれまでの晄の行いの理由を知り、共感はできないものの、ある程度は納得できました。
けれども、なんとなくもやもやとしたものが残ったのも確かです。
晄の生い立ちについては物語の中盤で明かされており、その壮絶な幼少期に少なからず衝撃を受け、晄がこんなふうに陽の当たらない道を歩まなければならないのも、感情がほとんど見えないのも、無理からぬことと思って読んでいましたが、それでもこの結末はちょっと予想できませんでした。
まったく理解できないわけではないけれども、共感はまったくできないという、なんともすっきりしない読後感。
晄だけでなく、他の登場人物も含めて、誰も救われない結末というのもなかなかつらいものがありました。
貫井徳郎さんの作品はデビュー作の『慟哭』をはじめとして救いがない話が多いのですが、本作も例外ではありません。
無理やりハッピーエンドだとか感動的な結末だとかに持っていかれるよりは全然マシなのですが、それでも胸がえぐられるようにつらかったです。


全体的に、ちょっとひねったミステリ、という印象でした。
謎解きの意外性ではなく、主人公の行動原理の意外性が際立っています。
非現実的なようにも思えましたが、「事実は小説より奇なり」と言いたくなるような事件が多い昨今、かえってこの物語にはリアリティがあると言えるのかもしれません。
とても貫井さんらしいと言える作品でもあって、そういう意味では満足したのですが、正直なところ、もうちょっと明るい話が読みたかったかな。
☆4つ。