tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『億男』川村元気

億男 (文春文庫)

億男 (文春文庫)


「お金と幸せの答えを教えてあげよう」。宝くじで三億円を当てた図書館司書の一男は、大富豪となった親友・九十九のもとを訪ねる。だがその直後、九十九が三億円と共に失踪。ソクラテスドストエフスキー福沢諭吉ビル・ゲイツ。数々の偉人たちの言葉をくぐり抜け、一男のお金をめぐる三十日間の冒険が始まる。

川村元気さんの作品は初めて読みました。
映画のプロデューサーとして活躍している方で、小説家が本業というわけではないという知識はありましたが、そのせいなのか、あまり小説っぽくない小説という印象を受けました。
小説というよりはビジネス書風の寓話という感じでしょうか……いえ、普段ほとんどビジネス書を読まないのでよく分かりませんが。
非常に読みやすい文章でサクサク読めます。


主人公の一男は図書館司書ですが、夜にはパン工場で働いています。
それは肩代わりした弟の3000万円の借金を返すため。
けれどもその借金が原因で、妻は娘を連れて家を出ていってしまいます。
そんな一男がある日福引で当てた宝くじが、なんと3億円の大当たり。
彼は「お金と幸せの答え」を求めて、学生時代の親友・九十九を訪ねますが、3億円の一部を使ってどんちゃん騒ぎをした翌朝、九十九は一男の3億円とともに姿を消します。
一男は九十九と3億円の行方を求めて、九十九のかつての仕事仲間たちを訪ね歩きます。


「お金と幸せの答え」とはまた抽象的というか、明快な答えなどあり得ないのではないかと個人的には感じます。
というのも、何が幸せかは、人によって異なるからです。
一等地の豪邸に住んで、優雅な富豪生活を送ることが幸せという人もいれば、お金など食べていける分だけあればいいから、家族や気の合う友人たちと仲良く楽しく暮らすことが幸せだという人もいることでしょう。
宝くじに当たったらどうするか、誰もが一度は考えてみたことがあるのではないかと思いますが、それにしても何をやりたいかは人それぞれなのではないでしょうか。
豪遊してパーッと使ってしまいたい人もいるでしょうし、堅実に貯金するという人もいるでしょうし、全額どこかに寄付するという人だっているかもしれません。
だから、必ずしもお金で幸せを買えるわけではない。
それでも、お金があれば解決できる問題はたくさんあるし、精神的な余裕を持つことが可能なことも、また事実です。


本作ではさまざまな人物がお金についての私見を一男に披露しますが、私の心にもっとも響いたのは、一男の妻・万佐子の言葉でした。
それは、一男が3億円のお金を得たことで「欲」を失ってしまったという内容でした。

「なぜなら人は、明日を生きるために何かを欲する生き物だから。おいしいものを食べたい、どこかに行きたい、何かが欲しい。そう願うことで、私たちは生きていける」


211ページ 9~10行目より

この万佐子の言葉は本質を突いているのではないかなと思いました。
生きるということは決して楽しいことばかりではなく、大変なことや嫌なこともたくさんありますが、それでも人が時に愚痴をこぼしながらもやるべきことをやりながら生きていくのは、欲を満たすためだというのは確かにその通りです。
やりたいことがなくなれば、生きていく意味もなくなってしまうかもしれません。
大金によってある程度の欲が満たされてしまうと、それはそれで幸せと言えるのかもしれませんが、自分の欲を満たすために懸命に生きている人間の方が、人間らしいと言えるのかもしれないなと思えます。
欲は限りないものでもありますが、もともとあまり大金に縁のない一般庶民が持てる欲などたかが知れています。
3億円を手に入れた一男が、借金を返して、また家族そろって楽しく暮らせたらそれだけでいい、となってしまうのも理解できますし、それは責められるようなことではありませんが、万佐子が欲をなくした一男に魅力を感じなくなってしまうのもまたよく分かるような気がしました。


お金と幸せについて考えさせられる作品でした。
ただ、はじめに書いた通り、小説っぽさはあまりなく、小説的な面白さには欠けていて、その点で不満が残ってしまいました。
いまひとつ作者の言いたいことがはっきりしないために、あまりすっきりしない読後感になってしまったのも残念です。
☆3つ。
本作は秋に映画化されるそうですが、佐藤健さんと高橋一生さんが主演のようです。
どちらかが一男役でどちらかが九十九役なんだろうなとは思いますが、どちらもいまひとつイメージが湧かないというか、もしかすると原作とは設定やストーリー展開を変えるのかなという気もします。
海外での場面もあったりして場面展開は多いのですが、映像化に向いている作品とも思えなかったので、映画がどんな風になるか気になるところです。